365日が特別
「今日は何の日だ」
ある夜のこと、自室で休息を取る私の元へ兵長がやって来た。謎の質問と共に。
「ん? 人類が初めて巨人は倒せると証明した日ですか?」
「いつだそれは。知らねえ」
適当に答えたので私だって知らない。正確に言えば訓練兵団の座学で聞いたことがあったけれど忘れた。
腕を組み、私は首を傾げる。
「うーん、思いつきませんねえ」
「お前が俺に惚れたと言った日だ、リーベ」
思いがけない言葉に私は何度も瞬いた。それからカレンダーを眺めて頷く。
「ああ、確かに告白しましたね。もう一年になりますか」
心臓が壊れてしまいそうなほど緊張しながらも必死に気持ちを伝えた瞬間を思い出して、くすぐったい感情が込み上げた。
「覚えていて下さったんですか?」
「……思い出しただけだ」
ベットの端に腰掛けた兵長に、私も隣へすり寄る。
二人とも戦闘服ではない部屋着なので、その分だけ隔たりが少ないことが嬉しい。
「付き合い始めた頃は手を握っただけで真っ赤になるわ抱き締めたら呼吸困難になるわで大忙しだったヤツと同一人物とは思えねえな」
「キスして気絶もしてましたっけ? 人間って成長するものですね」
そこで私は少し考えて、
「――何をするのもいっぱいいっぱいになってた一年前の私の方が良いですか?」
顔を覗き込んで訊ねれば、目を逸らされた。
「……お前はお前だろうが」
「嬉しいことを言ってくれますね」
そして私は思い出す。
「そもそも玉砕覚悟だったのに、まさか恋人になれるだなんて驚きましたよ」
「俺はその驚いた日をお前が忘れていた事実に驚いている」
「いえ、忘れていたのではなくて――」
私が言葉を探していると、兵長が畳み掛ける。
「忘れてたじゃねえか」
もしかしたら兵長は覚えていて欲しかったのかもしれない。だとしたら申し訳ない。
でも――
「今日に限らず、私にとってあなたを想う毎日が『特別』なんですよ。むしろ何でもない一日なんてありません」
手を握れば握り返してくれて、その『特別』が『当たり前』だなんて本当に嬉しい。私はとても幸せだ。
「毎日会えなくても、話したい時に話せなくても――それでも、あなたを想っていられることが私にとってかけがえのないことですから」
すると、
「……なあ、お前がそんなことを言ったら俺はどうしようもねえ強欲人間じゃねえか」
兵長がこちらへ身体を傾けたと思えば、私の胸元へ向かってぽすんと顔を埋めた。
珍しく甘えてくるなあと私が思っていると、
「俺はもっとお前の顔が見てえし、お前の声が聞きてえし――お前にもっと触れていられたらと思う。想うだけじゃ足りねえ」
その言葉にかすかに息を呑めば、耳元に唇が寄せられて、
「今日は、尚更だ」
低い囁きに胸が高鳴る。
「だから――お前も欲張れよ、リーベ」
その言葉に――私は目の前にいる愛しい人へ手を伸ばして飛びついた。
すぐに痛いくらいに抱きしめられて、こんな『特別』なことを『当たり前』のように受け入れられる感覚がたまらなく幸せだった。
ああ、この人と過ごす時間が『特別』だ。
でも今この瞬間からしばらくは『もっと特別』になると思った。
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