進撃短編 | ナノ

心臓は正直者

「リーベ、調子はどう?」
「ものすごく聞こえます……!」

 私が感激してそう言えば、ハンジ分隊長は両手を上げて大きく跳ねた。

「実験成功ー!」




 獣はあらゆる感覚が優れている。例えばそれは視覚、聴覚、嗅覚など――それが人間にも備われば、対巨人戦において有利に働くのではないか?
 その考えでハンジ分隊長が着手したのが聴覚の特化だった。現にミケ分隊長の鼻はものすごく役立っている。耳が良くなれば間違いなく効果的だ。

 その意見と計画書に納得し、モブリットさんと可能な限り安全確認をした後、私は実験の被験体となった。

 そして完成した薬を一息に飲んでしばらくすれば、私の耳が獣のそれに変わったのだ。ちなみに猫である。

 私の姿をスケッチしつつ、モブリットさんが心配そうに、

「どこか身体に異常はないか?」
「大丈夫ですよ、ものすごく聞こえるだけです」
「気になる点は?」
「隣の部屋の会話まではっきり聞こえるので、壁の中で使用するなら盗聴やプライバシーが心配ですね」

 それに、と私は鏡を見て付け加える。

「見かけがちょっと変ですよ。猫の耳なら普通はもっと上にあるのに、真横なんて」

 するとハンジ分隊長が今日の実験過程と結果について紙へ文字を走らせながら、

「仕方ないよ、人間の耳があるのはその位置なんだから。それに髪の色と同じだから別に不自然なものじゃないし。第一リーベに似合ってるから問題ないと断言出来る!」
「そうですか?」

 猫の耳が似合うなんてよくわからないけれど、見かけがおかしくないならまあいいか。

 もふもふと自分の耳に触れていると、遠くから近づく足音がした。

「あ、誰か来ましたよ」
「おお、さすが人間よりも早く察知出来るね」

 その時、ノックの後に扉が開いた。

「ハンジ、この資料だが――」

 兵長だ。そして何かを言いかけていたのにその視線がこちらを見た時、私は驚いて思わず耳を押さえた。
 何事かと思った時にはすでに、兵長は扉を閉めてどこかへ行ってしまった。

「あれ? 兵長?」
「何だったんだ……?」

 謎の行動に私とモブリットさんが首を捻っていると、

「んー、刺激が強かったかな? あれ、どうしたのリーベ。可愛らしく耳なんか押さえて」
「いえ、びっくりして……」

 私は耳から手を離す。

「ん? 何か聞こえたのか? 俺には聞こえなかったが……」
「ええと――」

 私が言いよどんでいると、ペンを置いたハンジ分隊長が言った。

「よし、この場は一度解散。二人ともお疲れ様。休憩を挟んでどこまで何が聞こえるのかテストしよう」
「あ、じゃあ私はちょっと出歩きますね。他の人たちにも見せたいし」
「行ってらっしゃーい。効果は半日続くはずだからそのつもりでね。無理をしないように」
「わかりました」

 私はハンジ分隊長とモブリットさんに見送られて部屋を出た。




 そして昼過ぎ。この実験は失敗に終わったことが判明した。

「頭、いたい……」

 あらゆるものが聞こえすぎるのだ。足音や会話はもちろん、衣擦れの音や些細な動作音さえも――何もかもすべてに対してもう少し音量を下げて欲しいと切に願うくらいに聞こえる。とにかくうるさい。
 耐え切れず、日々欠かさない訓練はおろか書類業務も出来なくなって、今日はもう休ませて下さいと周りに頭を下げる始末である。

 そして私はふらふらと自室へ向かっていたのだが、途中で力尽きて今は通路の隅で座り込んでいた。

 実用化にはまだかなりの改良が必要だと思った。これではとても巨人討伐なんて出来ない。

「はあ……」

 ため息をついていると遠くから気配を耳で感じて、やがて声が降ってきた。

「何してやがる、リーベ」
「……兵長」

 私が力なく事情を説明すれば、呆れたように鼻を鳴らされた。

「そんな怪しい実験なんぞに付き合うからだ」

 しかし聞こえ過ぎる私に気遣ってか、小声で話してくれる兵長。

 離れているのに耳元で囁かれているみたいに聞こえるからおかしな気分だ。

「聴覚の特化なんて画期的だと思ったんですけれどね……。許可は頂いたので、今日は部屋で休みます」

 すると兵長は思案顔になって言った。

「俺の部屋へ来るか」
「え?」

 なぜだろうと私が首を傾げれば、

「お前の部屋より静かだろう」
「ああ、なるほど」

 幹部の部屋は一般兵よりもしっかりした造りだ。もちろん壁も。

 魅力的な考えではあるけれど――私は考えて、言った。

「兵長がいないのならお借りします」
「……俺の部屋に俺がいて何が悪い」
「悪くないんですけど」

 私は言いよどんだ。

 だって――

「さっきから兵長の心臓の音がものすごく聞こえるんですよ」

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拍手お礼文 2014/05/01-07/06

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