その掌のおかげ
【アニメ22話設定あり】
「あんな美人が恋人とはエルドもやるじゃねえか」
「本当ね。驚いたけれど、お似合いだと思うわ」
私の両隣で素直な感想を漏らすオルオとぺトラ。
「ぐ、ぬ、う、うう……」
そして私は呻いていた。
現在、私たち三人は二階の窓からこっそりと、エルドさんを訪ねてやって来た恋人の女性を眺めている。
その人はどこか儚げな印象の髪の長い女性で、とてもとても美しい人だった。
「で、どうするのリーベ? せっかく作ったそのケーキはエルドに渡すの? それとも渡さないの?」
「無理。絶対無理。渡さないし渡せない。あんな綺麗な人を見たらもう一気に敗戦モードに突入した」
「けっ。諦めの早いヤツだな。大体お前、エルドのどこがいいんだよ?」
「髪を下ろしたエルドさんのかっこよさをオルオは知らない」
もちろん、それだけじゃないけれど。
本部から出て来たエルドさんが恋人さんの元へ向かって行くのが見えて、私は視線を逸らす。そして憎らしいほどに澄み切った空を仰いで両隣の二人に言った。
「でも、いいんだよ。恋愛未満の憧れの感情だったから。今、エルドさんの恋人さんを見られて良かった良かった」
「ふうん、そもそもどうして憧れは始まったんだっけ」
「ああ、それはね――」
私は話し始める。何度だって口にしたいくらいに幸せな話を。
「調査兵団に入ったばかりの頃だったかな。もうすぐ初めての壁外って時に立体機動の訓練でアンカー刺すのを失敗して落ちたら班長に『お前は巨人の餌になるぞ!』って怒鳴られて、休憩時間にひとりで落ち込んでたら――」
思い出すように、私はそっと自分の髪に触れた。
「エルドさんが私の頭をね、ぽんぽんって撫でてくれたの。あの大きい手でね。ものすごく温かくて、やさしくて」
思い出すだけでうっとりしてしまう。
「『大丈夫だ』って励ましてくれて……そのおかげで私、今日まで生きて来られたんだと思うの」
「ほう。先月の壁外調査で死にかけたお前を俺が助けたことはなかったことになっているらしいな」
「あれ!?」
気づけば両隣にいたぺトラとオルオがいなかった。
その代わりにいたのは、
「兵長!? いつの間に……!」
「あれがエルドの恋人か」
兵長が窓の外を見下ろしていたが、私はまだ視線を逸らしたまま言った。
「今日はエルドさんの誕生日なんですよ。だからわざわざ会いに来たらしいです」
「で、その恋人を見たお前は『それ』を渡すのをやめるのか」
「ええと、はい、まあ、そうですね……」
私はケーキの箱を潰さないように抱きしめる。想いを込めて一生懸命作ったものだ。
恋愛未満の憧れの感情だったけれど、本当の、想いだった。
でも、私はもうその想いを届けるつもりはない。
笑って曖昧に誤魔化していれば――わしゃわしゃと力強い手が私の頭を撫でた。
「え、あの……」
驚いて、兵長を仰ぐ。
「どうした」
「いえ、私の方がどうしたのか兵長に聞きたいんですけれど」
「何でもねえよ、別に」
私の頭を撫でる兵長の手は止まらない。
正直に言えば、髪が乱れる。エルドさんはその辺りを心得て優しく撫でてくれたのだけれど。
「…………」
でも、何だろう。
エルドさんにされた時のようなときめきはないけれど――とても、安心した。
「……後で、皆にこのケーキを切って配るつもりなんですけれど」
「そうか」
「もし、良ければ……兵長も食べて頂けますか?」
すると兵長は、
「――いいだろう」
やれやれと仕方なさそうに、それでも頷いてくれた。
「後で部屋へ持って行きますね。――ところで、兵長が壁外で私を助けてくださったことはちゃんと覚えてますよ?」
「どうだか」
「信じてくださいってば」
窓を離れながら兵長とそんな会話を交わしていたからだろう。
外にいる恋人たちがいつまでも幸せな時間を過ごせますように、と私が願えたのは。