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その顔は隠されたまま
「ったく、人使いが荒い……オレだって疲れてるのに……」
戦士候補生としての訓練が終わってから、パン屋のおじさんに捕まった。ガビはともかく、ゾフィアやウドまで逃げきったのに、オレだけ捕まるとか最悪だ。
ため息をついていると、夜に出すパンが売り切れたからリーベさんを呼んで来て欲しいと頼まれた。自分で行けばいいのに、店を離れられないとか。
リーベさん、どこにいるかな。
海辺に行ってみたけれど、いなかった。
それなら家かと考えて、気づく。今までリーベさんの家へ行ったことがないことに。
収容区の外れで、場所は知っているけれど足を運ぶのは初めてだ。
記憶を頼りに歩いて向かう。
日が暮れようとしているけれど、目指した小さな家には灯りがなかった。
誰もいないのかと思って、何となく扉に手をかける。
すると――開いた。鍵はかかってなかった。
ゆっくりと扉を押し開ければ、からーん、と何かが倒れる音がした。
その音に驚けば、何かが目の前を掠めた。
「え」
ずどん、と物凄い勢いで壁に刺さった『それ』を見る。ナイフだった。
あとほんの少しでもズレていたら頭に刺さってた。
「うわあ!?」
思わず悲鳴を上げた次の瞬間、
「ファルコ!?」
家の奥から知らない女の人が出て来た。いや、違う。オレはこの人を知ってる。
リーベさんだ。
いつも顔へ巻いてる包帯をしてないから、すぐに誰なのかわからなかった。
怪我をしているとばかり思っていた肌は綺麗で、何の跡もない。
その顔が――焦りに歪んでいた。
「伏せて!」
思わず上を見れば、天井から短剣がオレめがけて降って来た。刺さると覚悟した時、リーベさんがどこからともなく取り出したナイフを鋭く投げる。
宙で刃と刃がぶつかって、短剣の軌道が逸れる。
刃物はそれぞれ壁と床に刺さった。
今になって、どっと汗が噴き出した。心臓が痛いくらいに鳴っている。
「何、これ……」
「……この家、鍵が今ないから……許可なく扉を開けた人を足留めするように……防犯対策、かな……」
そこでリーベさんはため息をついて、
「どうして家の前で声をかけなかったの? そうしてくれたら、ちゃんと解除したのに」
「ごめん、なさい……」
謝れば、リーベさんはもう一度ため息をついてから「怪我がなくて良かった」と言ってくれた。
「それで、どうしたの。こんな時間に」
「え? ……ええと……」
何だったっけ? リーベさんを探していた理由。
すっかり忘れて、オレはとりあえず言いたいことを伝えようと思った。
「顔の怪我、治って良かったね」
すると、リーベさんは目を見開いた。
それから自分の顔にぺたりと手で触れて――愕然とした顔になる。
「!」
それからオレに背を向けて、慌てて包帯を巻き始めた。ぐるぐると、いつもみたいに。
「え? え? リーベさん? どうして包帯するの? 怪我してないのに……」
「それは……」
包帯を巻き終えて、リーベさんはオレを見る。いつも見ていたリーベさんの顔だった。
「ずっと包帯巻いてたのに、外したら変かなって……」
「……何ともないのに包帯巻く方が、変だよ?」
「……何ともないことを知らなければ、変じゃないでしょう?」
「…………」
それは、その通りだけど。
オレが戸惑っていると、リーベさんがオレに目線を合わせる。
「ファルコ。お願い。このこと、誰にも言わないで」
「どうして……?」
「顔、見せたくないから」
リーベさんがどうしてそんなことをするのか、考えてもわからなかった。
「ええと……リーベさん、かわいいよ……?」
「……そういうことは好きな子に言いなさい。ガビに」
「あ、あいつは別にそんなんじゃ……!」
顔が赤くなっていることを自覚していると、リーベさんが小さく笑う。包帯で隠す必要なんかない、柔らかな笑みだった。
「――お願い、このこと誰にも言わないで」
重ねてそんな風に頼まれると、気になることがある。
「もしも、言っちゃったら……?」
「……その時は……」
リーベさんはぎゅっと唇を引き結んだ。
そして――ぽろぽろと、涙を零した。
その姿を見て、心臓がぎゅっと締め付けられた。
どうしよう。オレのせいだ。
オレが、リーベさんを泣かせた。
「ご、ごめ……リーベさん、オレ、言わないよ、誰にも、言わないから……!」
約束するから。
だから泣かないで。
オレは必死になって、そう約束することしか出来なかった。
「顔を隠したいのって、どんな時だと思う?」
翌日。訓練の休憩時間に、何となく周りに聞いてみる。
誰にも、ガビにも、兄さんにもリーベさんの顔のことは言わないと約束したけれど、やっぱり気になる。
「顔に怪我した時じゃない?」
ウドが眼鏡をかけ直しながら言った。普通の答えだ。
「病気で人に見せられないような顔になったりした時とか。跡が残ることもあるだろうし」
ゾフィアが水袋を開けながら答える。
「そっか……それ以外、ないよな……」
綺麗な肌だったのに、リーベさんが顔を隠す理由はやっぱりよくわからない。
そう考えていると、
「他にもあると思うけど。それくらい、わからない?」
ガビが胸を張って言った。
「悪いことをしたからに決まってるでしょ! だからそいつは顔を隠すの! 見つからないためにね!」
(2018/11/4)