Novel
死者への花束
店で包装してもらった花束を差し出せば、リーベは驚いたように目を見開いた。
「コルトさん? あの、これは……」
戸惑ってる。かなり戸惑ってる。まずい。失敗した。
でも、ここまで来たら渡すしかない!
男を見せろ、コルト・グライス!
「き、君に、似合う花だと思って……!」
必死に言葉にして伝えれば、リーベはぱちぱちと瞬きをしてから微笑んで、手を伸ばして受け取ってくれた。
「ありがとうございます。――昔、同じことを言われたことがありました。そういえば、同じ花で……同じ土地でなくても環境に適応すればこうして咲くのですね」
包帯で顔のほとんどが隠されているのに、彼女は表情豊かだ。
懐かしむようなその顔が可愛くて、ずっと見ていたくなると同時に胸が痛んだ。
「そう言ったのは……君の、旦那さん……?」
リーベが首を振る。
「いいえ」
その答えにほっとしたけれど、誰だろう。俺だけじゃないんだな、この子に花を贈りたくなったのは。
そもそもの話、リーベが未亡人って話は本当なのか。誰も彼女の旦那の存在を知らないし。今、相手がいないことは確かなんだが。
でも――真実で何であれ、構わない。
俺はジークさんの『獣』を継承して名誉マーレ人になる。そしてリーベを守る。彼女のお腹にいる子供のこともだ。たとえ自分の命が残り十三年になったところで、構わない。俺がいなくなった世界でもその称号で一族を守り続けることが出来るんだから。
問題は、俺を――リーベが受け入れてくれるのか、どうか。
「コルトさん?」
はっとすれば、心配そうに様子を伺う瞳と目が合う。
「どうされました?」
「あ、いや、その、ええと……気になることがあって……」
「何ですか?」
「君の旦那さんは、どんな人……?」
聞いてから、聞かなきゃ良かったとすぐに後悔した。
そりゃあ、気になるけれど。物凄く気になるけれど。でも、聞きたくない気持ちもあったから。
リーベは少し考えてから、口を開く。
「……強くて、優しくて――自分の望みがあっても、結局は相手の想いを尊重して、それを選んだり、選ばせてしまう人で……あとは綺麗好きで、紅茶が好きで……ちょっと目つきが悪いけれど、でも、笑うととても――」
そこで言葉を途切らせて、リーベはうつむいた。
「もう、会えないんですけれどね」
その口ぶりから、やはり死んでしまったのだろうと思った。
この前の戦いで、かなりの人員が駆り出された。ガビの機転で救われた命があっても、喪われた命がひとつもなかったわけじゃない。
「あの、俺、好きな人がいて……」
するとリーベは慌てた様子で、
「ええと、このお花返すので、その方に渡された方がいいと思いますよ?」
「いや、それは君に! リーベに持っていて欲しいんだ!」
必死に押し留めて、言葉を続ける。
「それで……俺が名誉マーレ人になれたら、告白しようと思ってる。そこから十三年しか俺の命が残らないとしても、そうなれば一族の生活はマーレに生涯保証されるんだ。だから……!」
するとリーベは――何とも言えない顔つきになった。
「……どうかした?」
「いえ。……マーレを随分と信頼されているなあと感じたので」
「え?」
「だって、もしもマーレという国家が崩壊した場合、名誉マーレ人の称号には何の意味も価値もなくなるじゃないですか」
「…………」
「その時、あなたのいないこの世界で、あなたの守りたい人は果たしてどうなるのかと思って」
想像して、戸惑うことしか出来なかった。
何を言っているのか、理解出来なかった。
「何を、言って……マーレが崩壊? そんなこと……そんなこと、あるはずが……この大国が……」
信じたいとか、信じられないとか、そんな次元の話じゃない。
俺たちの命は、生活のすべては彼らに掌握されている。その力は、あまりにも大きくて。
だから、信じるしかないんだ。
でも――身体が竦むような心地になる。
その感覚は恐怖に似ていた。
俺は何を恐れているんだ。
もしもマーレが滅ぼされたら、という仮定の話?
いや、違う。
俺が今、怖いと思っているのは――
「コルトさん?」
相手を労わる、柔らかな声。
「……いや、何でもない」
いつものリーベだ。何も恐れることなんて、ない。
でも、今の発言は強大なマーレを蔑んだと捉えられてもおかしくない、危険なものだったのに、彼女の言葉はどこまでも意思が伴っていたように思えた。
こっちがどれだけ声を上げても『それがどうした』と一蹴してしまうような、強さが。
守りたくなるような弱さの象徴である彼女の印象と矛盾する感覚に戸惑ったその時、
「おーい、ミイラ女ー! 今日のパンはー?」
「こ、こら! ガビ……!」
ガビの声にはっとする。あんまりな言葉に俺が思わず声を上げると、ガビはまずいとばかりに踵を返して逃げた。
リーベはきょとんとした顔で、
「ミイラって何でしたっけ? 言葉は知っているのに、意味がよくわからなくて……」
「ええと……包帯でぐるぐる巻きにされた人……」
説明すれば、彼女が笑った。ずっと見ていたくなるような笑顔だった。
「今の私、そのままですね。悪口じゃないですよ、そんなの」
「ええと……それだけじゃなくて……死んだ人のことを指してるから、どうなんだろ……」
そこでリーベの顔から笑みが消える。そりゃあ良い気分じゃないよな。どうしよう。
「死んだ人……」
「リーベ?」
「やっぱり間違ってないですよ。――今の私、死んでいるようなものですから」
リーベは優しく花束を抱きしめて、頬を寄せる。
抱きしめたくなるような愛しさと、痛いくらいに物悲しい切なさが胸に込み上げた。
やっぱり彼女は、無力でしかない存在だ。
だから――俺が守りたいと思った。
(2018/10/28)