Novel
【幕間】2000年後のあなたへ-850-
「背中を見せて。すぐに終わるから」
わたしは、どうなるの?
「『それ』をあなたから切り離せばもう巨人にはなることはないから、以前と同じ生活に……」
もどるの?
「いえ、戻らない。巨人にならないあなたはエルディア王にとって何の価値もないから」
もう、きょじんにならない?
きょじんになるまえのわたしは、なにをしていたっけ。
『お前は自由だ』
いや。
いやだ。
だって、わたしは。
あいされたい。
だいじにされたい。
ひつようとされたい。
あのひ、けっこんしきをあげていた、ふたりのようになりたい。
「あなたはどうしたいの」
わたしは、どうすればいいの。
「これからも巨人になりたい?」
いたいのは、いやだ。
くるしいのも、いやだ。
だけど、わたしは。
「あの男――王のそばに、いたいのね」
そう、わたしは。
「なのに、あなたは豚を逃した」
わたしは――。
「矛盾しているわ。あなたは苦痛を嫌っているのに王を愛してしまった。そして彼から離れたくないと望んでいる一方で自由を求めている」
そういって、おんなはわらった。
「――とても、人間らしいわね」
◆ ◆ ◆
過去を振り返れば、大きな分岐点となった出来事のすべては850年に起きたことだった。あんなに色々あったのに、たった一年間のことだったなんて信じられない。
「…………」
何が起きたのか、私はすべて知っている。
だけど、自分が立ち会っていない場所で起きたことについて、見ると聞くとは大違いだと思い知らされた。
つまり――私は何も、知らなかった。
『私はとうに人類復興の為なら心臓を捧げると誓った兵士! その信念に従った末に命が果てるのなら本望!』
『まだ……ちゃんと……話し合ってないじゃないか……』
『オレは……調査兵団になる……』
『私が賭けたのはここからだから』
『走らんかい!』
『お前、胸張って生きろよ』
『俺がすべきことは自分のした行いや選択した結果に対し、戦士として最後まで責任を果たすことだ』
『全部……嘘だったのか?』
『誰か、僕たちを見つけてくれ』
『マフラーを巻いてくれて、ありがとう』
『調査兵団は未だ負けたことしかないんだよ?』
『私は人類の敵だけど……エレンの味方。いい子にもなれないし、神様にもなりたくない』
『みんな何かに酔っ払ってねぇと、やってらんなかったんだな……みんな何かの奴隷だった……あいつでさえも……』
『この子はもう偉いんです。この世界に生まれて来てくれたんだから』
『知りたければ見に行けばいい。それが調査兵団だろ?』
絶望が鮮烈に世界を蹂躙する中、誰もが無我夢中で生きている日々を前に――私は思い知らされる。
『それ以上、俺に建前を使うならお前の両脚の骨を折る』
ああ、そうだった。
『お前とエレンが生きて帰ればまだ望みはある』
この人は、ずっとそうだ。
『俺は選ぶぞ。――夢を諦めて、死んでくれ』
いつも、こんなにも、相手の在り方を尊重する。
レベリオでは私を捕まえて『諦めない』と口にしていたけれど、いつかは私のことを諦めてくれるだろう。
だって、強い人だから。どれだけ傷ついても、喪っても、悲しくても――それでも立ち止まらずに今まで生きていたし、これからも生きていく人だから。
『だが、もう……休ませてやらねぇと』
生きていて欲しいだけなのに。
そばにいるだけで充分なのに。
それだけで、良かったのに。
そんな感情は押し込めて、この人は相手を慮る。
息を引き取ったエルヴィン団長に寄り添う姿を前にすると、胸が潰れるみたいに苦しくなった。
一連の出来事を見ていると、エルヴィン団長にはウォール・マリア奪還作戦へ赴くことなく本部に留まっていて欲しかった。この人の願いに寄り添って欲しかった。――なんて、自分のことを棚に上げて思ってしまう。いつだって、この人の望みに反した選択をしている私がこんな風に思う資格はないのに。
例えば憲兵団へ転属したときは、それが最善の道だと信じて。
そして、パラディ島を一人で離れた時は何もかもから逃げ出して。
今まで深く気にしたことはなかった。だって私は知っていたから。
私がいなくても、大丈夫だって。
つまり私は、この人の強さに甘えていただけだった。
「……ごめんなさい」
あなたはとても強い人。それは正しい。
だけど、そんなあなたに強さを強いることは――
「…………」
正しくはなかった。
『……ごめんなさい』
『何を謝る?』
『だって、あなたはいつも、自分ではない誰かのために、道を、選ぶから……』
『それも含めて俺の選択の一つだ』
強くて、優しい人。
私があなたのためにできることは――今からでも、まだあるだろうか。
私がいない世界の方がずっと良いと理解しているのに、私にできることを望むなんて矛盾している。そんなことはわかってる。
それでも、そう思わずにはいられなかった。
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