Novel
【幕間】2000年後のあなたへ-844-

「我が奴隷、今日も働け」

 おうのことばで、わたしはきょうもおおきくなる。きょじん、とよばれるものになる。
 きょうはあれちをたがやしにつれていかれた。あめがふっていたから、つちはやわらかかった。けれどおもくて、うごきづらくて、どろどろになった。からだがどんどんつめたくなる。

 つらくて、いたくて、くるしい。
 きょじんになってからも、まいにちはそれまでとおなじだった。

 くらくなって、きょじんでなくなってからおうのところへもどれば、おうと『えっけんちゅう』のおんながいた。みたことのないものをきていた。しろと、あか。うえがしろくて、したがあかい。

「お初にお目に掛かります、エルディアの王よ。我らは東の果てより失せ物探しに参りました。失せ物とは去りし神の忌々しい置き土産のことです」

 これくらいのおおきさになります、とおんなはりょうてをひろげた。

 おうはどうでもいいようすだった。

「神だの、東の蛮族になど興味はない。逗留を望むなら相応の財を納めろ。なければ殺す」
「ええ、ええ、わかっておりましたとも。我が国の砂金を運ばせましょう」

 おんなといっしょにいたおとこたちが、おおきなふくろをたくさんもってきた。きらきらしたものがすこしこぼれた。

「一先ず、こちらを。まだ三倍あります」

 おうは、わらった。

「十倍出せ」
「あらあら」
「好きに動け。ただし三日間だ」

 ありがとうございます、とおうへふかぶかとあたまをさげてから、おんなはわたしをみた。

 めがあった。

 すると――ぞわり、とせなかがへんになった。

 わたしがもぞもぞしていると、おんなは「見つけた」とちいさなこえでいった。





 ここはどこだろう。

 はっと気づいた時、遠くに壁が見えた。ウォール・マリアみたい。つまりここはパラディ島。

 どうして急に、こんなところへ。

 そもそも私は――何をしていたんだっけ。

 長い、長い、夢を見ていたような気がする。

 こめかみを軽く揉みながら周りを観察して、違和感があった。

「ん……?」

 感覚を集中させて、やっとその理由が何かわかった。風が吹いて木々の葉を揺らしているのに、私の髪と肌を撫でることはない。何も感じない。

 これは、夢?

「……夢……じゃ、ない……」

 やっと記憶が繋がってきた。そうだ。私は『座標』へ向かおうとしていたんだ。

 なのに――今いる場所を確認して、愕然とする。

「どうして……何、ここ……」

 頭上は淡い色の青空に薄い雲が流れていて、足元は緑に溢れている。――座標と呼ばれる場所は星雲を思わせる夜空の下、一面の砂原に満ちているはずなのに。

「どうして『座標』じゃないの……」

 タイバー家に秘匿されていた本の内容を思い出す。
『不戦の契り』が結ばれた際、巫女の血筋の人間もその場へ介入したと書かれていたのに。

 そう、『不戦の契り』が結ばれたのは巫女の介在があったから。
 145代目のフリッツ王による『不戦の契り』。以降の王たちが彼の思想に捕らわれるほどに強い、その縛り。ずっと疑問だった。なぜ、145代目の想いだけがそれほど効力を得ているのか。
 だけど、第三者の存在によって施された、他にはない結びつき故に強固だったという理由なら説明がつく。

『第三者立ち会いの元で結ばれる契約は、そりゃあもう固いもんよ。簡単に破れるもんじゃないから、大事な取引ほどそうするもんだ。――これ、親父の受け売りだけどさ』

 いつだったかに聞いた、リーブス商会のフレーゲルさんの言葉を思い出しても納得の歴史だったのに。

 私は自分の手を見る。血がこびりついていた。これは、誰の血? 記憶通りなら、これはエレンの血だ。

 あの時。
 あの瞬間。

 エレンとジークさんは、確かに接触していた。
 そこへ私も、確かに触れたはずなのに。

 どうして私は行けないの?
 どうして私はここにいるの?

 それに、周りにはエレンもジークさんもいない。私ひとりだけだ。

 途方に暮れていると、遠くからにぎやかな声がした。子供の声。どんどん近づいてくる。

 やがて視界に入ってきたのは三人の子供たちだった。元気に走ってこちらへ向かって来る。

「あ……」

 よく知っている三人の顔だった。

 エレンとアルミンは全速力、ミカサは明らかに手を抜いて走っている。そんな三人の子供たちが私の横をすり抜けて、さらに駆けていく。

 その様子に、また違和感があった。

 三人とも、誰も私を一瞥もすることがなかったから。

 遊びに無我夢中で気に留めなかった、という様子ではなかった。

 だって、こんな場所に立体機動装置を装備して突っ立っている人間がいるのはおかしいのに。

 つまり――彼らには私の姿が見えていないんだ。

 風を感じられないことといい、私はこの世界にいるのに、存在はしていないということだろうか。

 やがて三人は丘の木へ順番にたどり着く。

『オレ一番!』
『アルミン 、大丈夫?』
『やっと追いついた……!』

 楽しげに話すその姿をしばらく眺めながら、私は結論を出した。

 つまり、ここは――

「エレンの、記憶の中……?」

 やがて遊び尽くしたらしいエレンたちが薪拾いも終えて、シガンシナ区へ向かう。彼らの生家がある、始まりの場所。
 私もそれについて行くと、広場で新聞を広げている老人を見つけた。聞こえないだろうと思いつつ「失礼します」と一応声をかけてから覗き込む。新聞の端にある今日の日付を見る。発行年は844年とあった。

「十年前か……」

 大変な場所へ来てしまった。


(2022/03/13)
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -