Novel
今日も海を見ている

 リーベさんは今日も海を見ている。

 どうしてこの人は、ずっと海を見ているんだろう。

「飽きない?」

 オレが訊くと、リーベさんが左目を向ける。
 リーベさんの顔には包帯がぐるぐるに巻かれていて、左目と口元しか開いていない。だから、どうしてもそうなる。

「飽きないよ。……もう何度も見ているのに、不思議だね」

 そう言って、また海を眺めた。

 リーベさんの長い髪が、風に流される。

「でもね、ファルコ。私、海ばかり見ているわけじゃないよ」
「え」

 心の中を読まれたような気がして、どきりとする。途端にどうしようと不安になる。そんなこと、あるはずがないのに。

 リーベさんは隣に置いているものを指差した。

「新聞。――人の思考や、情報を操作する武器の一つ」
「そんなの武器じゃないよ」
「『ペンは剣よりも強し』って言葉、知らない?」
「じゃあ、ペンだけあればいいの? 気合いがあればいいってこと?」
「気合いだけで戦争に勝てるなら、誰も負けないよね。――だから、それだけじゃ駄目なんだよ」
「じゃあ、ペンは無力だ」

 リーベさんは小さく笑っただけで、ゆっくりと腰を上げる。少しつらそうだった。

「お腹、大変でしょ」
「……うん。重い」
「お母さんになるって大変だね」
「……そうだね、世の中のお母さんは大変だね」

 他人事みたいに言った。

 リーベさんはお母さんと呼ぶより、お姉さんって感じだけど。

 子供を育てるのは大変だ。

 ひとりで育てるなら、もっと大変だと思う。

 父親が、必要なんじゃないかな。

「……兄さんのこと、どう思う?」
「コルトさん?」

 リーベさんは不思議そうに瞬きをして、数秒考えてから口を開く。

「優しい人、かな」

 兄さん、脈はないかも。


(2018/10/19)
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