Novel
誰が怪物なのか?

「俺はもう……妻や娘たちには会えないだろう……ジークが一声叫ぶだけで化け物になる……娘たちには伝えたいことがまだまだあったのにな……死んだも同然だ」

 暗い声のナイルさんに、オレは何も言えなかった。

 つい、考えてしまう。

 オレも、伝えたいことがあるんだ。ガビに。

 何のために鎧の巨人の継承者になりたいのかと訊かれた時に「お前のためだ」と叫んだ時は、伝わらなかったから。

 今度はちゃんと、伝わるように。

 でも――もう、会えないかもしれない。

 意味もなく、頭に巻かれた包帯に触れる。

 思い出すのは、振り下ろされたワインの瓶。それはジークさんの脊髄液入りのもので、ガビを庇ったあの時にオレの口へ入ったらしい。
 まさか、と思いたかった。だけど身体が痺れた瞬間を思い出すと間違いない。

「…………」

 ジークさんが叫べば、ナイルさんやここにいるエルディア人同様、オレも巨人になる。
 何もわからなくなって、手当たり次第に人間を捕食する。

「ああクソ……あいつにも伝えたいことはいくらでもあったんだ……リーベ……悪かった……すまない……俺はお前に、何もしれやれなかったな……約束も、何も守れずに……!」

 顔を覆うナイルさんが口にした誰かの名前。

 リーベ。

 知り合いの誰かだろうか。

 思い出すのは、オレの知ってるリーベさんのこと。怪我なんてしていないのに顔中に包帯を巻いていたのは、結局どうしてだったんだろう。
 レベリオがあんなことになったけど無事かな。無事でいて欲しい。お腹の子供も。

 兄さんも、父さんも、母さんも、みんな無事でいて欲しい。

 何も知らなかったとはいえエレン・イェーガーを手引きしたオレに、そんなことを願う資格はないけれど。

 ましてや今のオレは――もう、人間じゃない。


(2022/02/04)
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