Novel
彼女の話をしよう
「……モテたことくらい……ある……。結婚も、した」
「あぁそうかい。それで嫁さん死なせたんだろ」
向かいへ置かれた木箱に座るリヴァイが鋭く俺を睨むから、肩をすくめてやった。するとさらに眼差しが厳しくなる。
「誰に聞いた」
「エレンだけど? 兄弟なんだから色々話すさ。――リヴァイ兵士長の嫁さんは笑顔が可愛い料理上手。バカみたいに潔癖症の夫が満足するくらいに丁寧な掃除が出来て、誰にでも優しいのに――」
「あいつを何も知らねえくせに語るな」
何も知らないのはお前の方だろ、と言おうとしてやめた。
「よく似た子を知ってるからかな。その子、何でも美味く作れるし紅茶なんて貴族に褒められるくらいで――なのに、俺が好きなコーヒーだけ酷かったな。会う度にコーヒー淹れてくれたけど、それがずーっと不味くてさ。多分あれ、俺への嫌がらせだよ。だって他のことなら何でも完璧だったのに。紅茶は一流で、料理やパンなんて近所じゃ大ブーム。俺に淹れるコーヒーだけ不味いとか……ま、その程度、可愛いもんだけどさ」
「…………」
「……何だよ」
「いや……」
リヴァイが目を伏せて黙り込む。
そのまま静かになった。
まあ、こいつと会話がないのは普通だから元に戻っただけだ。
俺は手元にある本のページを適当にめくることにした。時間潰しに支給された『アンヘル・アールトネンの功績』ってボロボロの本。伝記だ。八十年前の時代を生きたパラディ島の偉人らしいけど、やってることははっきり言って狂人だよな。巨人相手にろくな武器もなく特攻とか。
「俺の、推測だが――」
「は?」
おもむろにリヴァイが口を開いたから顔を上げる。
こいつ、今までずっと考えてたのか?
「……そいつは……多分……最初は何をやっても下手クソで……紅茶だって今じゃ一級品の腕前だが、初めは泥水以下だった……と思う。そこから練習して、練習して、練習して……やっとまともに飲めるくらいに淹れられるようになって……また練習して、練習して、練習して……時間をかけて、誰よりも美味く淹れられるようになったんじゃねえか。……コーヒーは、まだ淹れ慣れてねえんだ」
似たヤツを知ってるから、そんな気がする――とリヴァイが言った。
「だから別にお前のことは何とも思っちゃいねえだろうよ。思い上がるな」
リヴァイがまた口を閉じる。
「…………」
へー。
あっそ。
そーですか。
自分が一番『彼女』のことを知ってます、みたいな?
ふざけるなよ。
何のために『彼女』が海を渡ったか知らないくせに。
『彼女』の願いは誰にも許されなかった。
だから『彼女』はたった一人でこの島を離れたのに。
そうだろ、リーベちゃん?
可哀想に。
こんな男に執着されて。
俺は君も助けるよ。
幸せになれるように、エレンと世界を救う。
この男のことも、ちゃんと殺しておくからね。
(2021/05/25)