Novel
往きて還りし物語
一度飛行船に戻ると、兵長が一人でそこにいた。今は誰もいねえと思ってたのに。
そして兵長はなぜか黙々と木箱に釘を打っていた。
何やってんだ?
俺が首を傾げている間にも兵長は釘をどんどん箱へ打ち込む。上からだけじゃなく、横からも厳重に。何があっても絶対に開くことがないようにしていた。
「あの、兵長? 何やってんすか?」
「コニー! お前何でここにいやがる! 兵長も! そろそろ時間ですよ! 持ち場へ就いてください!」
俺の質問は後ろから来たジャンの声にかき消された。今日の作戦じゃ指揮官だからか妙に切羽詰まってやがる。
「すぐ行く」
俺の質問は流されて、ジャンの声に兵長は金槌を置いた。釘を打ちまくった箱を持って、ゆっくり立ち上がる。
「あ、俺が運びます!」
「誰も、この箱に触るな」
慌てて代わろうとしたら、拒まれる。
俺は行き場のない手を下ろしつつ、兵長が飛行船の隅へ箱を運ぶのを見ているしかなかった。箱は大事なものが入っているみたいに丁寧に置かれた。
そして兵長は数秒箱を見下ろしてから踵を返す。立体機動装置で夜の空へ飛び出して行った。
当然、隅っこで残された木箱が気になる。
ジャンも俺と同じものを見ていた。
「……これ、何入ってるんだろうな」
「……略奪品、とか? いや、そんなこと兵長がするわけねえか……だけど、よっぽど欲しいものだったとかなら……」
目を凝らしてよく見ても、ただの木箱にしか見えない。子供が入って隠れられそうな大きさだ。
昔、ラガコ村で弟たちとやった『かくれんぼ』を思い出す。マーティンが夕方になっても見つからねえから家族総出で探し回ったっけ。結局、台所にある小箱の中に隠れたまま寝ちまっていたのを見つけた時は拍子抜けしたもんだ。
とりあえず兵長が略奪品だとかピンと来ねえなあ、と思っていたら、
「美味しいものですよ、きっと!」
声を弾ませたサシャがどこからか釘抜きを取ってきた。お前も持ち場離れてるのかよ。俺も人のこと言えねえけどさ。
サシャが兵長が打ったばかりの釘をぽんぽん抜き始める。
「お、おい! サシャ、さすがにまずいだろ……! 兵長が『誰も触るな』って……!」
「かなり本数を打ってますねえ……そんなに開けて欲しくなかったんでしょうか」
一体何が入っているんだ?
好奇心が勝って、どんどん釘を抜くサシャを俺は止められなくなる。
「あといっぽおおおおおんっ!」
「お前らいい加減にしろ! 時間だぞ!」
懐中時計を手にしたジャンの苛立った声にサシャがやれやれと腰を上げた。
「仕方ありませんね、開けるのは後のお楽しみにしておきましょう」
「……そうだな」
これから俺たちがやることを思えば、当然だ。
せめて終わった後の楽しみを残しておくのは。
飛行船がパラディ島へ戻った時、自分が立って歩いていることが不思議で仕方なかった。
何で俺は生きているんだ。
何で俺は立って歩いているんだ。
隣にサシャはいねえのに。
「っ……!」
嘘だ。嫌だ。これは夢だ。俺は信じない。だって、ありえねえだろ。
サシャが――死んだなんて。
エレンのせいだ。
あいつが調査兵団を巻き込んだ。
ああ、でも、あの時。
あの、直前に。
『何か音がしましたよ』
サシャは、そう言ったのに。
気付けなかった。
間に合わなかった。
「おい」
後ろで低い声がした。のろのろ振り返ると兵長がいた。顔を見ると、憔悴している。
「誰が、開けた」
「………………え?」
何のことを言ってるかわからなかった。
顔を向けて、やっとわかった。
さっきサシャが開けようとしていた木箱だ。
隅に置いていた、木箱。
『開けるのは後のお楽しみにしておきましょう』
その箱が横向きに倒れていて、しかも蓋が開いていた。
釘はもう一本も残されていない――いや、辛うじて一本だけ残っていた。捻じ曲がって残っている。
釘抜きもないのに、力任せに無理やり開けたみたいに。
「…………」
箱の中身は空だった。
(2021/02/02)