Novel
【幕間】Ninja
「『戦鎚』の所有者を吐け」
「知りません」
「はーい、嘘おー、目を見たらわかりまーす」
壁を背にした私の前にいる相手は二人。厳しい口調の男と、ふざけた口調の男。どちらも隙がない。屋敷内まで侵入する水準の力を有しているだけある。
私が『戦鎚』の所有者であることは割れていないようだが、時間の問題かもしれない。
「…………」
この二人の口を封じることは、容易い。
それでも、一部であっても『戦鎚の巨人』の力を使うわけにはいかない。私が力を有していることが明らかになっては兄さんの計画が狂う。それだけはあってはならない。
ここをどのように切り抜けるべきか考えて、答えを得る。暴力で彼らの気が済むのなら耐えよう。傷の制御なら出来る。
目を閉じて、時をやり過ごそうとした時だった。
「失礼いたします」
澄んだ声が聞こえた。やわらかな響きでありながら、芯の通ったものだった。
「これから清掃を行いますので、場所を空けていただけますでしょうか」
見れば、そこにいたのは小柄なメイドだった。
知らない。タイバー家に仕える者ではない。
この娘は、誰?
私の前に立つ男は舌打ちして、
「は? せーそー? 知るかよそんなもん、ガキは引っ込んでろ」
大きく振り上げられた拳が、小さな身体へ向けられる。
心は痛むけれど、この隙に逃げるしかない。『戦鎚の巨人』の力は隠し通さなければ。
背を向けて駆け出した時、肉が床に叩き付けられた音がした。さっきのメイドが殴られたのだろう。
でも、次に聞こえたのは男の呻き声だった。
「え?」
思わず振り返ると、男たちの一人が床に倒れていた。
「な、何だお前……!」
もう一人の男が突き付けた短剣は、メイドの足で素早く蹴り飛ばされる。その足を軸にした回し蹴りが男の側頭部に炸裂した。
そこで彼女の給仕服――長いスカートが大きく翻る。踵の低いショートブーツに、ふくらはぎまでを覆うシンプルなドロワーズが見えた。腿の位置に、いくつものナイフが細いベルトで留められているのも。
蹴られた男が体勢を崩しながらも構えを取った次の瞬間、メイドが『飛んだ』。
いや、違う。ただの跳躍だ。
でも、跳んでからの滞空時間が常人の比ではないような気がした。
まるで――背中に翼でもあるように。
そして彼女は先程弾き飛ばして宙を舞っていた短剣を小さな手で掴み取り、それを男へ一閃する。目にも留まらぬ速さで。
メイドが着地すると同時に男が血を吐きながら倒れた。死んでいるのか、生きているのかはわからない。
そのことに構うことなく、彼女は乱れたスカートを直す。ドレープが多い衣服に対して、慣れたような裾捌きだった。
そして、私を見つめる。
「大丈夫ですか」
少しも呼吸を乱さずに、私の様子を窺う。一人で逃げ出そうとした私を咎めることなく、慮るように。
私も彼女を観察した。丁寧に編み込んで結い上げられた髪、大きな瞳に滑らかな頬、幼い顔立ちのようで、歳の頃は私とそれほど変わらないように思えた。
とてもあんな風に戦う人間には見えない。でも、私は見た。返り血も浴びることなく、彼女は二人の男を地に伏せさせて、今ここに立っている。
「――あなたは、何?」
私の問いに彼女が答える前に、声がした。
「ここにいたのですか」
現れたのはキヨミ・アズマビトだった。
周囲の状況を見て、私を見る。
「私の使用人が、ご迷惑を?」
考えるよりも先に、首を振った。なぜかはわからない。
「不届者から私を守りました。感謝します」
「あら、そうでしたか。――『お片付け』はお任せしても? では、我々は失礼します」
付いてくるようにとメイドへ指先で合図して、立ち去ろうとする。その前に声をかけた。
「――彼女は何者ですか。武人の同行許可はなかったはずです。事と次第では当主へ伝えますが」
私は彼女に助けられた。それでも見過ごすことは出来なかった。
するとキヨミ・アズマビトはメイドを一瞥してから、私をじっと見据える。
「忍者をご存知ですか」
「……ニンジャ……?」
記憶を探り、思い出した。
「確か……東洋の、伝説の……?」
「そうです。彼女はその一族の一人。腕は立ちますが武人とは異なります。護衛の一人に過ぎません。私の護衛には先に紹介した通り男性が何人かいますが、同性でなければ入れない場所や都合の悪いことがありますでしょう? ――ですので危険はありません」
この有様を見て『危険がない』とはとても言い切れないが、何事も建前は存在する。
それに、東洋の文化は独特だ。一辺倒の知識では、とても計り知れない。
だから、そう言われてしまえば納得する他ない。
キヨミ・アズマビトがメイドに声をかけた。
「行きますよ」
彼女は黙ってその後ろへ付き従う。
「待って」
私は離れて行く小さな背中に声をかける。言い忘れていたことがあったから。
「ありがとう」
助けは望んでいなかった。
それでも私は助けられた。
私の正体も価値も意味も知らない彼女に。
ただ無事でいることだけで良いのだというように。
私の言葉が届いたのか、彼女は振り返ってやわらかく微笑んだ。
「助かりました。ありがとうございます、キヨミ様」
「貸しですよ、リーベ。覚えておくように。それからあなたは自分の立場と身分をもう少し考えなさい」
「……申し訳ありません」
「――それで、あなたの探し物は見つかったの?」
「いいえ、まだです。……一つ、お聞きしても構いませんか」
「手短に」
「忍者は、本当にいるのですか? お借りした本で読みましたが架空の存在だと思っていました。或いは、既に絶えた一族か」
「……いつか、私の国へいらっしゃい。自分で確かめれば良いでしょう」
(2019/05/01)