Novel
【幕間】Siesta

「リーベさんは俺たちを大事にしてくれましたけど、俺たちを信じてはくれませんでしたよね」

 押し付けられたパンを食べ終えた俺の言葉に、ベンチで隣に座るリーベさんは目を丸くした。

 そのまま黙って、何か言いたそうな顔つきになるから「何ですか」と促せば、

「ええと……それは、エレンのことじゃないかと思って……」
「俺?」
「皆を大事に思っているけれど、皆を信じてない……それは一人で全部やろうとしているエレンのことだよ」
「……そんなこと、ないと思いますけど」
「そうでなければ、今『ここ』にいないでしょ」

 愛することと信じることは違う、とリーベさんが言った。

 どこかで聞いた言葉だと思ったけれど、思い出せない。もしかしたら俺の記憶じゃないのかもしれない。

「俺は、信じてますよ。だから手紙を書いて出してます」
「……なるほど。じゃあ、信じる方向性の問題になるのかな……」

 それなら、と言葉を続ける。

「信じてるよ、私も」
「嘘だ」
「……嘘をついて、どうするの」

 リーベさんが小さく笑う。

 その顔に、苛立つ。

「あなたは俺たちを信じなかった。それは正解だった。俺たちが、頼りなかったから……あなたを、守れなかったから」
「守って欲しい、なんて思ったことないよ。それに、信じていたし頼りにしてた。私がいなくなっても大丈夫だって」
「……大丈夫じゃなかったですよ、特に――」

 それ以上、言うのはやめた。言いたくなかったのかもしれない。

「あなたが死んだ時、たくさんの人が泣いてました」
「……ちゃんと死ねたんだね、私」
「生きているだけで良かったんです、あなたは」
「それは、嘘」
「…………」
「みんな、一つの役割だけを私に強いた。――それが出来ないとなれば、私はあの島にはいられなかった」

 そんなことはない、とは言えなかった。
 あの日々の中でこの人がそう感じたのなら、それが全てだと思ったから。

 だから、もしもその心に寄り添おうとした存在がいたとしたら――

「あなたの死を偽装し、島からの脱出を助けた協力者は誰です?」
「秘密」
「……リーベさん」
「人は一人じゃ何も出来ない。私も、そう。いつまでも『ここ』で一人、生き続けても仕方ない」
「そうですよ、だから――」
「一つ、お願いしようかな」

 小さな頭が肩に触れた。服と包帯で、肌と肌が触れることはないように。感じられるのは軽い重みだけだった。

「五分だけ、このまま眠らせて」
「…………」
「もうずっと、ちゃんと眠れなくて」
「…………」
「だめ?」

 顔を上げると雲の多い空が広がっていた。その向こうから夕焼けが迫っている。

 黄昏が、近い。

「あなたの母親を死なせた男の息子で良ければ」
「……その話、好きだね。はいはい、じゃあおやすみ」

 数秒後には静かな寝息が聞こえてきた。

「…………」

 信じられている。

 今、この瞬間、この人の心と身体を脅かさないことを。

 そして――俺が敵にならないことを。

「……リーベさん」

 起こさないように、名前を呼んだ。

 邪魔をしないでくださいね。

 俺はあなたを殺したくない。


(2019/04/14)
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