Novel
開戦の鐘は鳴り止まない
ほんの短い時間で、レベリオ収容区は崩壊した。
突然現れた巨人によって。
全壊するのも時間の問題だ。
どうして、こんなことに。
上半身を潰されたゾフィアや血だらけのウドの身体がどんどん冷えていく様を思い出して、歯を食いしばる。そうしてないと、意識を保っていられない。
とにかく、今はファルコを探さないと。
あと、それから――
「リーベ……」
どこにいるんだ。
無事でいてくれ。
悲鳴と喧騒の中を駆けて彼女の家へ向かう。灯りはない。本当に誰もいないのか確かめようと扉に手をかけると、開いていた。
そのまま押し開ければ、からーん、と何かが倒れる音。
その音に驚けば、何かが目の前を掠める。
「っ!」
ずどん、と物凄い勢いで壁に刺さった『それ』を見る。ナイフだった。
あと少しでもズレていたら頭に刺さっていた。
「何だ、これ……」
考えるのは後だ。今はリーベを探さないと。
人の気配と衣摺れが聞こえて家の奥へ向かう。
「リーベ!」
名前を呼びながら扉を開ければ、すぐ目の前に銃口があった。大口径。軽量化に重きを置きながらも盛大な威力を伴った最新式だとマガト隊長が前に話していたのを思い出す。
どうしてこんなものが?
そもそも俺は――何で、銃を向けられているんだ?
しかも、その相手は――
「リーベ……?」
長い髪はきっちりと結い上げられて微塵の隙もなく、雰囲気がまるで違った。
包帯がたくさん巻かれていた彼女の顔には、傷一つない綺麗な肌があった。
そして、丸く膨らんでいた腹は――なくなっていた。
目で見ているものが、信じられない。
どういうことだ。
硬直するだけの俺に、リーベは小さく息をついて銃を腰へ戻す。
身体の線に沿ったシャツとズボン。そこへ巡らされた不思議な形状のベルト。そして丸い袋から次々とナイフといった武器を取り出して、小さな身体に格納していく。
そして――腰に装備された、奇怪な装置。
「君は……悪魔の末裔なのか?」
「答えを確信しながら問うことに意味はないでしょう」
リーベは黒い外套を羽織った。
「いや、でも、おかしい。君はこの家で、ずっと寝たきりで過ごして――」
「娘の死を受け入れられないあまりに、この家の夫婦は彼女の死を誰にも言わなかったそうですよ。役所へ届けることもしなかったとか。遺体は家の裏に埋められてます」
「な……」
成り代わったのか?
だとしたらどうやって?
そもそもこの家の老夫婦はどこにいる?
疑問は、いくらでもある。だが今はそれを聞いている場合じゃない。
「と、とにかくここは危険だ、逃げよう!」
「コルトさん」
静かな声だった。
「私のこの姿を見て、悪魔の末裔だと理解した上で、どうしてそんなこと仰るんですか?」
「い、今はそれどころじゃ……」
すると、リーベが小さく笑った。いつも見せていた、柔らかな表情――俺が大好きになった笑顔だった。
「――やっぱり、関係ありませんね。壁の中も、外も……海の向こうも。優しい人がいれば、そうではない人もいる」
「リーベ?」
その時、遠くから地響きが轟く。まだ距離があるとはいえ、巨人の歩幅からすれば一瞬で詰められる。
とにかく外へ出て安全な場所へ行こうと彼女の手を掴んだ。
すると、身体がふわっと浮いた次の瞬間に激しく壁へ叩き付けられる。
「が、は……!」
そのまま床へ落ちて、強く頭をぶつけた。
まずい。
意識が。
歯を食いしばって耐えていると、
「ごめんなさい。――私、行かなきゃ」
すべての装備を整えて、外へ出て行こうとする背中に、必死に叫ぶ。
「ま、待ってくれ……!」
「待つ理由はありません」
「好きだ、君が好きなんだ!」
「…………」
リーベは大きな瞳で瞬きをして、首を傾げる。
「私、悪魔の末裔なのに?」
「っ、関係ない! それでも君が好きだ!」
必死に手を伸ばした。彼女がこの手を取ってくれることを願いながら。
「だから一緒に逃げよう。俺が、君を守るから……!」
リーベは目を見開いて、それから困ったように眉を寄せる。
「それは、社会的に守るという意味ですか? それとも武力から? 精神的なものはどうなります?」
「……え? ……何、が……?」
言葉を理解することが出来ずにいると、
「何にしても、難しいのでやめた方がいいですよ。どの手段であれ、私を殺す方がよっぽどずっと簡単です。私を守ったところで――」
彼女が何を言っているのかわからないまま、俺の意識は遠のいた。
気を失ったコルトさんは置いていくことにした。本気で投げたわけじゃないし、そのうち意識を取り戻すだろう。この辺りまで巨人化した彼らが戦いに来る可能性も少ない。
そう判断して家を出て、深呼吸。
それから地面を蹴り、立体機動装置で上昇する。
問題なく稼働している。身体も最低限の鍛錬は続けていたから違和感はない。
「無理して持ち出して正解だった……さすがにこれがないと機動力がなくなるし……」
港の方角へ向かいながら、後方の空を仰ぐ。不思議な物体が浮いていた。
煙突のある屋根の上に一度降りて、身を隠しながら観察する。
「飛行船、だっけ……確か水素の塊で……撃ち落とされたら一巻の終わりだけど、大丈夫かな……」
あそこに皆がいる。考えるまでもなくわかった。
「…………」
とりあえず、マーレを離れよう。
忍び込んだタイバー家で必要な文献や諸々を漁れたし、やるべきことはやった。ウドと顔を合わせた時は焦ったけれど別人だと思われたし問題ない。
パン屋で働いたお金で最新式の小銃が買えたのも収獲だ。危ない橋を渡ったけれど、手に入ればこっちのものだ。
「……さて」
ひとりは寂しいけれど。
ひとりでも生きられる。
再び宙へ身を躍らせようした時、
「おい」
低い声が背中にぶつかって、私は振り向いた。
(2018/12/07)