Novel
黒い秘密

 何のために、鎧の巨人の継承者になりたいのか。

 それは――

「お前のためだよ!」

 言った。

 言っちまった。

「はあああ? 私のために私の邪魔して私のためだって言いたいわけ?」

 伝わらなかった。




「ファルコはガビのどんな所が好きなの?」

 縫い針へ糸を通しながらリーベさんが言った。

「人が人を好きになる理由なんて、なくても構わないと思うし、そういうものだろうけど、ちょっと気になって」
「ええと……オレ、は……」
「あ、そんな顔しないで。困らせたいわけじゃないから、やっぱり言わなくていいよ。ただ――ガビに喜んで欲しいならあの子の望みのまま応援してあげるべきじゃないかな」

 その言葉に、心臓が締め付けられたように苦しくなる。

「でも、それだと……!」
「ガビがあと十三年で死ぬって? それが嫌なのは、ファルコだよね。ガビは限られた命を拒んでないんだから。それを『ガビのため』って、ガビには訳がわからないと思うよ」
「…………」
「勝手なこと言って、ごめんね。――好きな人に対して、どんな感情を優先するのが正解なのか、私にはわからないのに」

 話しながら、リーベさんは黒い布を膝に広げて、針を持つ手をすいすい動かしていた。迷いのない動きは、見ていて惚れ惚れする。

「……目、何ともないのに包帯してたら見えづらくない?」
「利き目が見えているから、そこまで不自由してないよ」

 ということは、リーベさんの利き目は左らしい。

「何を作ってるの?」
「新しい外套」
「リーベさんの?」
「そうだよ」

 リーベさんにはもっと明るい色の布の方が似合う気がしたけれど、そんなことは言えなくて、ただ見ていることにした。

「リーベさんは何でも出来るね」
「『何でも』は出来ないよ。今、練習していることもあるし」
「何の練習?」
「うまく出来るようになったら教えてあげる」

 ばさりと黒い布を広げる。それは闇夜のような、漆黒そのものだった。




 タイバー家がやって来た。そして開かれるらしい全世界へ向けての催し。その前夜祭。
 広い屋敷で、訓練された通り給仕に徹する。それが今日オレたちがすべきことだ。

 ふと、周りに顔を向けると違和感があった。どこにもウドの姿が見えなかったからだ。

 ガビは離れたテーブルの料理の入れ替えに徹しているのが見える。きょろきょろ首を回していると、ゾフィアが近くに来た。

「ファルコ、どうしたの?」
「ウドがいない」

 あいつ、どこに行ったんだ。

 さっきウドがぶつかったヒィズル国の人はたまたま優しい人だったから助かったけれど、今度もし同じことがあったら無事に済むとは思えない。

「まさか、どこかに連れ込まれて乱暴されてるんじゃ……」

 ゾフィアの想像に、ぞっとした。

 オレたちが受ける仕打ちなんて、命にかかわるものしかない。

 すぐに探そうと部屋を出ようとした直前――ウドが現れた。

「お前、どこにいたんだよ。心配しただろ」
「大丈夫?」

 オレとゾフィアの言葉にウドは何度も頷いて、

「ごめん、コーヒーをくれって言われて給湯室に……」

 どこも怪我してねえみたいだし、無事だったことにほっとしていたら、

「リーベさんそっくりの人に淹れてもらったんたけど――」
「え? リーベさん来てるのか? 何で?」
「だからリーベさんじゃなくて、似ている人。だって、リーベさんみたいに顔に包帯してなかったし」

 それ、リーベさんじゃねえの?

「お腹も、リーベさんみたいに膨らんでなかったし」

 それならリーベさんじゃねえな。

「淹れたコーヒーが不味いって怒られてたし、リーベさんじゃないよ」

 確かに、絶対リーベさんじゃねえな。

「いいな。私、リーベさんの淹れたコーヒー飲んだことない」

 ゾフィアの言葉に、オレとウドはそれぞれ答える。

「オレもないけど」
「僕もないよ」
「……それならどうしてリーベさんが美味しいコーヒーを入れられるってわかるの?」

 怪訝そうなゾフィアに、オレとウドは顔を見合わせる。

「リーベさんならコーヒーくらい完璧に淹れるだろ」
「パンも料理も紅茶もあれだけ高い技術があるのに、コーヒーだけ普通にさえも淹れられないのはちょっと考えにくい」
「……そう考えるのもわからなくはないけど……」

 ゾフィアはまだ何か言いたそうにしていると、

「ちょっと! 何サボってんの!?」

 ガビの声に三人で飛び上がる。そうだ、今はそんなこと話してる場合じゃなかった。


(2018/11/29)
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