輝く彼らの双眸

「アルミン、どこに行くんだ?」
「僕は自習室で本を読んでるよ」

 兵士にだって休息はある。キース教官によると休むのも訓練のうちだとか。まあ、自主訓練に励む人たちもいるけれど。

 とにかく今日は丸一日訓練がない。僕はエレンと別れてマルコに借りた本を読んでいると、

「あ、お兄ちゃんからだ」

 同じ部屋でのんびりしていたイリスが声を上げた。

「イリスってお兄さんいるの?」

 僕が本から顔を上げて訊ねれば、

「兄弟はいないよ、この人は親戚のお兄ちゃん」

 そう言ってぴらりと見せてくれたのは、手紙。さっき配られた本日分の郵便だった。

「へえ、良かったね」
「うん、嬉しい。わたしは家出したし、お兄ちゃんも勘当されてるから、もうお互いだけなんだよね、血が繋がった関係でこうしてやり取り出来るのって」

 イリスは親に無理やり結婚させられそうになったところを家出して訓練兵に志願したらしい。

 親が決めた結婚も決して悪いことではないだろう。大切なのはそれに従うか否か、自分で判断すること――だから彼女の選択は間違っていなかったんだと僕は思う。

 それにしても、イリスの親戚のお兄さんは一体どうして勘当されたんだろう?

 イリスは手紙へ目を通しながら、

「うーん、相変わらずって感じかなあ……」
「どうしたの?」
「ええとね、お兄ちゃんには好きな人がいるんだけど、毎日プロポーズしても全然靡いてもらえないんだって」
「毎日? ……それって……」
「いくら好きでも毎日プロポーズはやりすぎだよね?」
「ちょっと待ってイリス。君、自分が毎日やってることを思い出してみようか?」

 僕ら104期訓練兵たちの間で日課となっているのがイリスからベルトルトへの愛の告白だ。ハンナとフランツとはまた異なる名物と化している。

 その時、扉から誰かが自習室へ入って来た。ベルトルトだ。途端にイリスが目を輝かせる。きらきらして、綺麗だった。ちょっと別人になったような気さえする。

「ベルトルト!」

 イリスは立ち上がって、同期の中では誰よりも長身の彼へ駆け寄りながら、

「どうしたの? もしかして、わたしに会いに来てくれたの!?」
「そうだけど……」

 その肯定に僕は驚いた。だってベルトルトは訓練兵生活初日からのイリスの告白を一つとして受け入れていないのに。

 まさか、ついに絆された?

 僕が見ている限り、ベルトルトが好きなのは別の女の子だと思っていたんだけど――。

 そこまで考えていたら、ベルトルトが続ける。

「イリス。君との面会希望に来た人の案内を教官から頼まれたんだ」
「へ? ……誰? わたしに会いにくるような人なんて――」

 イリスがぽかんとしていたら、

「よう、イリス!」

 後ろから顔を出したのは赤毛が目を引く男の人だった。兵服姿に薔薇の紋章。知っている人だった。僕が街で買い物をしている時に助けてくれた人――

「ハイスお兄ちゃん!」

 イリスが驚いた声を上げた。

「ど、どうしたの!? 急に来てくれるなんて、手紙には何も――」
「ふっふっふ、手紙を書いた俺と今の俺とは一味も二味も違うことを伝えるためだな!」

 と、そこでハイスさんが僕を見た。

「おお、アルミンじゃねえか」
「こんにちは、ハイスさん」
「相変わらず羨ましい金髪だなあ、お前」

 僕の頭を撫でながら人好きする顔で明るく笑う。

「あれ? 二人って知り合い? 世間って狭いんだね」

 首を傾げるイリスに僕は先日のことを話してから、改めて二人を見比べる。

「さっきイリスが言ってた『お兄ちゃん』ってハイスさんのことだったんだね」
「うん、そうだよ。それで、お兄ちゃんは何しに来たの?」

 そこでハイスさんが胸を張って、

「聞いてくれ! リコ班長とデートすることになった!」
「えええええ!? リコ班長ってお兄ちゃんがいつも手紙に書いてる人だよね? 毎日振られて蹴っ飛ばされて罵倒されるだけだったのにどうしてそんな急展開!? お兄ちゃんすごい!」
「クロルバ区の視察へ一緒に行くことになったんだ!」

 そこで僕たちは顔を見合わせる。それは単なる業務の一環ではないかと思ったけれど喜んでいるハイスさんを見ているとそんなことは言えない。

「あ、そうだ。イリス、お前が好きなベルロンド? そいつって誰?」
「ベルロンドじゃなくてベルトルト!」

 イリスが訂正してから、ぎゅっとベルトルトの腕を掴んだ。

「この人だよ、わたしの未来の彼氏で素敵な旦那様!」
「え、あの……」

 困ってる。ベルトルトがこれ以上ないくらい困ってる。助けを求めるようにこっちを見るけれど、ごめん、僕にはどうすることも出来ない。

 ハイスさんは上から下までベルトルトを楽しそうに観察して、

「お前がベルトルトか! 成績上位なんだろ? 将来有望だな! 駐屯兵団に来るか?」
「いえ……僕は憲兵団へ……」
「くーっ、エリート街道一直線かよー、俺も目指してたけどさー」
「せっかく最終成績で十番内に入ったのに新兵勧誘式で駐屯兵の人に一目惚れして土壇場で特権蹴って勘当されちゃったんだよね」

 イリスの言葉でさっきの疑問が解消されて、僕は二人を見る。

 勘当されても憲兵の特権を蹴って愛する人を追いかけて駐屯兵を選んだハイスさん。
 親に無理やり結婚させられそうになったところを家出して訓練兵に志願したイリス。

「……似てる」

 外見は全然似ていないけれど、親戚という繋がりならそれも頷ける。

 巨人に奪われた領域のこと、厳しい訓練の日々を過ごしていると恋愛どころじゃない、という気持ちはあるけれど――

 輝く二人の瞳を見ていたら、その感情は素晴らしく尊いものだと思えた。

 まあ、リコ班長という人とベルトルトは大変かもしれないけれど。

 恋愛って、難しい。




 数日後。駐屯兵団トロスト区支部。

「げほっ、ごほっ」
「……健康だけが取り柄のヤツが今日に限って寝込むか普通」
「うぇっ!? リコ班長!? どうして俺の部屋に……!」
「今日の任務にお前は外すと言いに来ただけだ」
「いやだあああああ! 俺も行くううううう! リコ班長とのお出かけがああああ!」
「うるさい。黙れ」
「……はい」
「土産を持って帰って来るからさっさと治せ」
「え、お土産!? いいんですか!?」
「ああ、私が持ち帰った資料をすべてお前一人でまとめるんだ」


(2017/10/02)
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