お昼、食べ損ねた。
午後はリヴァイ兵長を交えた立体機動の訓練もあるし、何かお腹に入れておかないといけないのに。
仕方ないから野戦糧食でも齧ろうとため息をつきながら食堂へ足を踏み入れると、
「あ、ペトラ」
耳に優しい、澄んだ声。
顔を向ければリーベがいて、大きな鍋を厨房から運んでいた。ぐつぐつと煮えたスープからは良い匂いがする。
「この時間に食堂来たってことは、もしかしてお昼食べ損ねた? 簡単に作ったもので良ければ食べる?」
「食べる!」
前言撤回。
全然最悪じゃない。
むしろ運が良いのでは?
「おーいしーい……!」
口に入るもの、何もかもが沁みる。
舌に、喉に、胃に。
幸せって、こういうこと。
「リーベ、お店出せばいいのに」
「開いたらペトラは来てくれる?」
「行く行く毎日絶対行く」
「でも経営のこととか全然わからないんだよね」
「そこはモブリットさんに手伝ってもらうのはどう?」
「じゃあ用心棒兼荷物持ちはゲルガーさんにお願いして」
「グンタも手伝うと思う」
「店員さんはニファさんやってくれるかな」
「調査兵がいなくなっちゃうわね」
「本当だね」
二人で笑いあって、気づく。隣に座る人を蚊帳の外にしてしまったことを。
「あの、お二人の関係は……?」
リーベがここで料理していたのは新しい技術班員の人――アンヘルに食べさせるためだったらしい。
最初に挨拶した時も軽く頭を下げられただけで、アンヘルは相変わらず黙って食事を続けていた。
何だか顔色が悪かったけれど、リーベのご飯で少しずつ生気を取り戻していた。
「私が十二歳の頃、アンヘルの工房に一時期居候させてもらったことがあって」
リーベはアンヘルのコップへ水を注ぎながら、私の質問に答えてくれた。
「へえ。……あ、だからリーベって技術整備が得意なんだ。壁外でちょこちょこ不具合任されてるし。アンヘルに教えてもらったの?」
「うーん、アンヘルにはあんまり教わらなかったな」
「お前にあれこれ仕込んだのはゼノフォンだったな」
知らない名前が出てきた。
それにしても、アンヘルとゼノフォンか。
立体機動装置の開発に伴う功労者の二人として訓練兵時代の座学で覚えた名前が重なる。
技師家系の間じゃよくある名前なのかしら。過去の偉人にあやかった名付けは珍しいことじゃないし。
そう思うと絶対、絶対リヴァイ兵長のお名前もこれからの時代、たくさんの人が付けるかもしれない。絶対、絶対そうなると思う。
「わお、楽しそうな食事会だね!」
明るい声に顔を向ければ、食堂入り口にハンジ分隊長と兵長がいた。
「お二人でお出掛けですか? 兵長は午後に合同訓練がありますが……」
「ちょっとお昼食べに行くだけだよ。私のペンを壊したお詫びに、リヴァイに奢ってもらうんだ」
兵長がハンジ分隊長のペンを壊した?
よくわからない。なぜそんなことになったんだろう。
(2020/09/03)