そして彼女は楽園の向こうへ降り立つ

 新兵器開発に伴う実験があった。
 実験は、失敗。
 爆発に巻き込まれて死んだ兵士が一人いた。
 死んだのは、リーベ・ファルケ――小さくて優しくて強くて、メシを食い損ねた時にはよく美味い夜食を作ってくれたリーベちゃんだった。
  リーベちゃんの死体は残らなかった。兵器の威力を考えると無理もない。雷槍よりも数十倍は強力な武器を作ろうとしていたんだから。
 他のヤツらが吹き飛ばされて気絶したり骨折くらいで済んだのにそんなことになったのは、起爆装置を操作する危険な役割をリーベちゃんが買って出たからだ。

 その時のことを、オレは思い出す。

『ソルムさん、起爆は私がやります』
『んー、危ないしオレがやるよ。雷槍だって威力は高いし巻き込まれたら死ぬけど、せいぜい爆発四散だ。それに比べて、こっちは爆発霧散レベル。骨一本も残らないし危険だよ』
『でもソルムさん、立体機動装置を使うのは久しぶりだって仰ってましたよね? 大丈夫ですか? 起爆装置を起動したら、数秒で離脱しないと爆発に巻き込まれますよ? ――私なら問題ありません』

 そりゃあ立体機動装置は兵士の方が扱い慣れているよな、と思って任せたんだ。

 それが間違いだった。

 骨一本残らなかったリーベちゃんの死が証明されたのは、唯一、立体機動装置内部にある核の部分――ブラックボックスが爆心地付近に転がっていたからで、技術の流出を防ぐために厳重に管理されている製造番号と、リーベちゃんの番号が一致した。

 別人であってくれと願った人たちの思いは虚しく砕けた。




 数日後、頭を包帯でぐるぐる巻きにしたオレが工房で雑務を片付けていると、扉を叩かれる。

 姿を見せたのは金髪に青い目――アルミン・アルレルト。ウォール・マリア奪還作戦を経てエレン・イェーガー並みに有名になった兵士。そいつが一人でオレの前に立っていた。

「リーベさんの件で、お伺いしたいことがあります」

 何でオレに聞くんだろう、と考えたのは一瞬だった。
 だってオレは調査兵団技術班の班長で、あの時、あの場にいた唯一の調査兵団の人間だから。

「――秘匿性を重視して、少数で今回の実験を行なっていた理由を教えて頂けますか?」

 同じ質問をした、中央の連中の尋問を思い出す。あいつらは怖かった。
 暴力とかは振るわれなかったけど、人を人と思わないような目が嫌だった。

 目の前にいるこいつも、ちょっと怖い。ガキなのに。巨人になれるから?
 とりあえず、心の中まで見通そうとする目がおっかない。

 どうにか自分を奮い立たせて、説明する。

「発案者である貴族家の意向だよ。アイデアを盗まれたくないだとか。金がある人間の発言は強いからな。で、向こうが選抜したのがリーベちゃんで、リーベちゃんに選ばれたのがオレ。まあ、これでも技術班班長だし。昔からあの子の整備絡みは受け持ってたし」

 とりあえず、こんな感じで切り抜けるしかない。正直に話せば問題ないことだ。

「現場にいた貴族家の職人たち並びにアズマビトの整備士は現在療養中。彼らの証言は事故前後の記憶に曖昧なところが多く、統合性が取れなかったそうです」
「そうだろうな、爆発の威力が想定以上で、その場にいた全員吹っ飛ばされたし、オレだって気絶しちゃったし……ええと、つまり何が言いたいんだ?」
「リーベさんがまだ生きている可能性は?」

 オレがぽかんとしていると、アルミンは淡々と続ける。

「彼女はブラックボックスだけを残し、実験現場から離脱した可能性があるのでは――」
「いや、資料見ろよ」

 考えるよりも先に、紙束を渡す。兵器の趣旨や、構成物、実験内容とか一通り書いてある。すでに方々へ提出済だから、こいつも目を通してるだろうけど。

「オレだってリーベちゃんに生きてて欲しいけどさ、この開発中の新兵器、起爆から爆破の秒数と範囲を考えろ。ブラックボックスがないと立体機動装置は動かないし、立体機動装置の速度がないとその場を離れられない。人間の足じゃ無理だ」
「では、代わりのブラックボックスを所持していた可能性は?」
「兵士に予備は配布していないし、厳重に管理してる。中央のお達しでな。それくらいお前も知ってるだろ? そして盗難、紛失は皆無だ」
「ならば――作ることはどうでしょう」
「ブラックボックスの製造方法は中央の技術部が握って秘匿してるじゃねえか。オレら兵団の技術班にだって明かさねえし」
「人間が作るものです。分解し、研究することは可能だと思います」

 聞いて呆れる。これだから外野の人間は。あの装置にどれだけの叡智が詰まっているか知らないし、知ろうともしない。

「技術部の人間でもねえのに簡単に言うなよ。ぱっと見でわかるけど、あれ、簡単にどうこうできるものじゃない。疑うなら中央の技術部連中を疑え」
「中央の人間がこちらへ手を貸すことはあり得ない」
「だーかーらー、無理だって。過去の偉人、つまり立体機動装置の発明者とか、よっぽどの天才レベルじゃないとブラックボックスの解析なんざ――」

 天才、で思い出す。

 ほんの一時を過ごした同僚のこと。

 アンヘル。

 あいつは間違いなく天才だった。

 どれだけ複雑な構造の装置だって、ちょっと見ただけでぱーっと色んなことを理解して、何でも出来た。

 すぐいなくなっちまったけど。

 今もあいつがいたら、班長になれたのはオレじゃなかっただろうな。

 そういえば、リーベちゃんはアンヘルと仲が良かった。

 夜の遅くも、朝の早くからも、一緒にいるところをよく見た。

『何やってんのおおおおお!?』
『ブラックボックスの分解と組立』
『それだめだって、誰も知らないからブラックボックスなのに分解して理解して再構築とか!』
『もっと言って下さい、ソルムさん』

 あれ?

 何か、オレ、忘れてない?

 あの時、この場所で、あいつら何してたっけ?

『こんなこと、オレは忘れる!』

 有言実行して、すっかり忘れてる。全然思い出せない。

 その記憶をどうにかして思い出そうとしたその時、扉を叩く音がした。

「アルミン。ハンジが呼んでる」

 リヴァイ兵長だった。




 アルミンが工房を出た。でも、兵長がそれに続くことはなく、まだ工房に残っていた。
 装置の整備ですかと訊いたら、違うと答えられる。
 首を傾げれば、鋭く目を向けられた。オレがびびっていると、

「頭の怪我は問題ないのか」

 予想外の質問だった。

「え、あ、はい。頭ってちょーっと傷付いただけでどぱーって血が出るんですよね。だからこんなに包帯ぐるぐるですけれど、見かけ派手なだけで全然大丈夫です。もう通常業務に戻ってます」
「そうか」

 兵長は腕を組んで壁に背を預ける。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 気まずいなあ。用もないのに何でこの人ここにいるんだろ。

 つい、現実逃避のように考え事をする。

 また、リーベちゃんのことを考えてしまう。

 リーベちゃんが死んで、みんな悲しんでた。
 サシャって子は大泣きして、ハンジ団長もすっかり憔悴してた。
 リヴァイ兵長だって、つらいと思う。

 オレだって悲しいけど――その気持ちは比較にならないくらいだと思う。

 ちらっと見れば、兵長は近くにある窓から外を見ていた。いつも通り、変わらない顔つきで。

 平気、なのかな。強い人だから。

 でも、何も言わずにいることはしたくなかった。

 でも、何を言えばいい?

 その時、空を飛ぶ鳥が目に入る。

「と……」
「あ?」
「と、鳥は空を飛ぶために、ひたすら軽い構造で出来ているんです。骨とかスカスカだし、脳も小さくて……立体機動装置も、空中戦を可能にするため軽量化を主にしているから鳥と同じですよね。だから、鎧とか盾の装備とか身を守るものは徹底的に排除された」

 やべえ、オレ、何言ってんだろ。何言いたいんだろう。

 うつむいて頭を抱えていると、

「――身軽になれたなら、どこまでも飛んでいくだろうな」

 顔を上げれば、兵長はどんどん遠くへ飛んで小さくなる鳥を見ていた。

「海の向こうへでも、行くのかもしれねえな」

 兵長がどんな顔をしているのか、オレには見えなかった。


(2019/11/01)
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