「ミケも来るよ」
「だから幹部が雁首揃える必要ねえだろうが。勝手に決めておけ。俺は忙しい」
「リーベの知り合いらしいよ」
十分後。私の隣にはリヴァイが着席していた。
アンヘル・アールトネン。稀代の発明王。773年に巨人の弱点を発見し、巨人に対抗する装置の原型を発明、後に《立体機動装置》と名付けた技術者。人類初となる巨人討伐を成し遂げた功労者。
その人物が――今、目の前にいる!
「興奮が止まらないね! 技術者としての才能はもちろん、巨人へ向けたその好奇心と探究心! それはとても素晴らしいものだよ!」
アンヘルと握手しながら感動を伝えつつ観察を続ける。人のことは言えた義理じゃないけどどんな不摂生な生活をしているのか顔色は冴えないしひょろっとして頼りない印象を受けたものの、よく見れば目付きは油断なく力強くて、触れると体幹もしっかりしていた。
「そりゃどうも……」
戸惑いながら言葉を返すアンヘルは隣にいるリーベに助けを求めるように視線を向けた。そんな顔しないでよ、取って食べるわけじゃないんだからさ。
そしてリーベはというと、私を驚いたように見ていた。
「ん? どうかした?」
「いえ……アンヘルが過去の時代の人間だとこうもあっさり信じていただけるとは思わなかったので……」
聞くところによるとリーベは十二歳の頃、771年の時代でしばらく過ごしたことがあるらしい。で、その時に出会ったアンヘルは恩人だとか。
過去の時代へ行ったとかそんな面白い話をどうして今まで教えてくれなかったのかな。まあその辺りは今度聞こう。
「君と何年過ごしてると思ってるのさ、リーベ? そんな嘘をつく人間じゃないことくらいとっくに知ってるから」
773年からやって来たアンヘルに、849年現在の居場所はない。そこでリーベがアンヘルの調査兵団在留を願い出た結果、彼に技術班員採用試験を実施する運びとなった。
「そもそもそんな嘘は必要ないし? むしろ稀代の発明王なら試験のハードル上がっちゃうよ」
私の言葉に、目の前にいるリーベもアンヘルも顔つきは変わらなかった。
「彼なら問題ありませんよ、ハンジ分隊長」
「実力主義上等だ。俺たち職人の世界はな」
そんなこんなで呼び出した技術班長の下で試験を行うことになった。試験内容は立体機動装置の部品組立――兵士にも科せられる技術だけれど、技術班は点検や整備のためにさらにその細部まで行う必要がある。
アンヘルは立体機動装置開発者の一人とはいえ、今現在ここにいる彼はまだ開発に着手していない時期らしいからこの装置を初見でどこまで扱えるか。それが試験の要になる。
「――これで、組立完成。どう? 何か質問ある?」
「この部品は何だ。見たことがない。組み合わせることで果たす役割は? 稼働に応じた消耗具合も知りたい」
「この一番小さい歯車を固定してるもの? これは氷瀑石が採掘される洞窟の鉱石を研磨したもので――」
試験前の数分間、基本的な装置組立方法の目視だけを許されたアンヘルの質問にリーベが答える。
話す二人の距離は近い。彼らにとってそれは当たり前の近さのようで、どちらも平然としていた。久しぶりの再会らしいがタイムラグを全く感じさせない親密ぶりだ。それだけ相性が良かったのだろうと思える距離感。
歳の頃も近いからお似合いだなあと呟けば、隣から刺さるような視線を感じた。ちょっと思ったことを口にしただけでそんな睨まないでよね。
そこでミケが懐中時計を確認した。
「リーベ、時間だ」
「わかりました。――アンヘル、後ろ向いてて」
「ああ」
アンヘルが背を向けると同時に、リーベが机の上の立体機動装置を分解し始める。これでもかとバラバラに。普段ならそこまで分解しないレベルに。さらに工具箱から余計な部品まで混ぜてしまう。あ、そこまでやっちゃう? アンヘルに合格して欲しいんだよね?
そこで技術班長がリーベにOKサインを出して、準備が整った。
リーベが壁際へ控えるように立ったところで、
「――では、試験を開始する」
ミケの言葉を合図に、アンヘルが振り返る。
机に散らばる部品たち、それらを前に立ってから数秒後には手を伸ばし、アンヘルは迷いのない動きを見せた。見ていて惚れ惚れする手捌きで、あっという間に分解された状態から組み立て終える。トラップに不要な部品も混ぜていたのに、全く惑わされることがなかった。所要時間の半分もかかってない。天才って本当にいるんだな、と思った。
「合格! 是非技術班へ来てくれ! これだけ出来れば即戦力だ!」
技術班長が嬉しそうに声を上げた。最近人手が足りないとぼやいていたからそりゃあ嬉しいだろうし、私も嬉しい! 話してみたいことが山ほどある!
「――いいだろう。君を技術班への臨時要員として調査兵団に迎え入れる」
エルヴィンがそう告げて、それぞれがほっとしたり喜んだり特に顔付きを変えなかったり反応を返していると、お腹の鳴る音がした。かなり空腹を感じているんだな、と思えるくらいの勢いだった。
アンヘルが頭を掻く。腹の虫の持ち主は彼らしい。
「そういや朝から水しか飲んでない」
それを聞いて困ったようにため息をついてからリーベが提案する。
「兵団の食堂だと昼食は終わってるけど近所に何軒かお店あるし、どこか食べに行く? アンヘルは何食べたい?」
その問いかけにアンヘルは、
「お前の作った料理が食べたい」
迷う素振りもなく、自然と本心を漏らすように答えた。
「あ?」
私の隣でリヴァイが低く唸って、リーベはアンヘルを見ながら数回瞬きをして首を傾げる。
「え? そんなのでいいの? せっかくだし時代に即した流行食とかは?」
「……『せっかく』だからだ。お前がいねえとお前の作ったものは食えないだろ」
アンヘルの言葉に、ミケとエルヴィンがうんうんと頷く。
「当然だな。リーベの料理はリーベが居なければ食べられない」
「ああ、同意する」
「そんな、あの、私は料理人ではないのでそんな大層なものでは……」
リーベが困ったように手を振っていると、アンヘルが不服そうに唇をとがらせた。
「だめなのか?」
「だめじゃ、ないけど……」
「じゃあいいだろ」
技術班長と後の予定を確認してからアンヘルがリーベの腕を引いて、扉に向かう。
「おい」
私たちへ礼をして部屋を出ようとする二人にリヴァイが声を上げる。
「……俺も昼飯食い損ねた」
「あ、じゃあ兵長の分も作りま――」
「リヴァイ、今日この後は出資者と食事会だと先日伝えたはずだが」
「…………」
エルヴィンの言葉に、恐らくその予定を完全に失念していたことを顔には出さずにリヴァイが黙り込む。
その様子をじっと見てからリーベは頭を下げる。
「ええと、では、お気をつけて行って来てくださいね。私はこれで失礼します」
「リーベ、厨房どっちだ」
「こっちだよ、アンヘル。ところで何食べたい?」
「何でもいい」
「うーん、一番困る答え……」
「何でも美味いんだからいいんだよ、何でも」
そして二人は今度こそ部屋を出た。
「…………」
ばきっ、と変な音がした。
音の方を見ればリヴァイが持っているペンを片手で握り潰していた。
あのさ、それさっき貸した私のペンだよね?
(2019/07/15)