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▼ 二人のつくづく続く日々

 最近ホグワーツの女子生徒間で流行っているロマンス小説がある。もちろん私もふくろう便で入手した。それを手に湖のほとりへ走る。大好きな人のいる場所へ。




「――それでね、作中の学園で結ばれた恋人同士はこっそりお互いの制服からネクタイを交換する風習があるんだって。とっても素敵だと思わない? 見かけは普段とまったく変わらないのに、二人だけがその意味を知ってるんだよ」
「あのなあ……」

 作中に登場する習わしについて熱く話していると、隣に座るシリウスは呆れ顔で私を指差す。――正確には私のネクタイを。

「仮にお前がそれをやりたいんだとして、だ」

 さすがシリウス、私のやりたいことを見抜いていた。そう、作中カップルみたいに私も真似してみたい!

 浮かれる私にシリウスは変わらない様子で、

「よーく見てみろよ。お前と俺のネクタイの色を」
「見なくてもわかるよ? 私がカナリアイエロー」

 そこまで言って気がついた。

「俺は校則破りの常習犯だからいいとして、お前はどうだ? 違う寮のネクタイなんかしてたらフィルチはもちろん全教師並びに全寮監督生に目ぇ付けられるぞ?」
「う……」

 我ながらどうかしている。このホグワーツは寮ごとに制服の一部が異なることをすっかり忘れていた。ネクタイなんて毎日身に着けているのに全然考えてなかった。――これはシリウスと私が一緒にいられない、象徴のようなものなのに。

 思わず自分のネクタイを見下ろしていると、

「それに――」

 シリウスがしゅるっとグリフィンドールカラーのネクタイを解いた。

「比べてみろよ」
「え? あ、うん」

 よくわからないまま私もネクタイを解いて、隣に並べた。

「あ」
「わかったか」

 違いは色だけじゃなかった。

 ネクタイは長さも、幅も、違う。

 男子用は私が思うよりずーっと大きかった。

「……ホグワーツじゃこの小説みたいなネクタイの交換は出来ないね」
「そういうことだな」

 やれやれとシリウスが自分のネクタイを取って、ぞんざいに首にかける。いつも通りよく似合うグリフィンドールカラー、深紅の色だ。
 それを見て、ぎゅっと胸が締めつけられる。勝手に言葉が漏れた。

「――だけど、仮にネクタイが交換出来てもやらない方がいいね」

 シリウスが怪訝そうに眉を寄せて、

「は? 何だよ。お前やりたかったんじゃねえの?」

 私はカナリアイエローのネクタイを握ったままうつむく。

「私はね、自分がハッフルパフらしいと思うし、寮に帰るとほっとするし、友達も先輩も優しくて、歳下の子たちも良い子ばかりで、つまりハッフルパフが好きなんだけど――」

 一度言葉を区切ってから、私は言った。

「シリウスの恋人には不釣り合いの寮じゃないかなって思うよ」

 私は視線を落としたまま続ける。

「だってほら。グリフィンドールならいいよ。まずシリウスと同じ寮だし、どう考えてもお似合いだよね。レイブンクローもいいと思う。知性を重んじていて凛とした強さがある。高貴なるブラック家に合うよ。あとスリザリンも悪くないと思うの。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』みたいに敵対する立場に身を置く分だけいい感じに想いが燃え上がりそうで――」
「お前、何が言いたいんだ」

 その鋭い響きに喉が締め付けられそうになりながら、声を絞り出す。

「私は平凡なハッフルパフだってこと」

 ネクタイが皺になる。大好きな黄色が歪む。わかっていても、やめられない。
 時々不安になって、哀しくなる衝動が抑えられない。

 どうすることも出来ずにいると、震える手を大きな手が優しく握ってくれた。その温もりに力が抜けて、ネクタイがするりと離れる。

「寮なんかどこでもいい。たとえお前がスリザリンでも、俺はお前がいいよ」

 そう言ってシリウスは私の首へ優しくネクタイを締めてくれた。そのまま目を細める。

「いいじゃねえか、ハッフルパフ。気のいい連中が多いし、お前に似合ってる。――お前はそのままでいろよ、名前」

 その言葉に心臓が止まりそうなくらい嬉しくなって、思わずぎゅっと飛びつく。

「ありがと、シリウス」




「見ろよムーニー、パッドフットがあんなに優しく笑ってる」
「プロングス、新しい万眼鏡を使いたいのはわかるけど盗み見はやめた方がいいよ」
「確かにそろそろ勘付かれそうだ。発見もあったことだし、これくらいにしておこう」
「発見?」
「僕は最初、彼女がシリウスの恋人になるにはあまりにも一般的な模範生でふわふわしすぎているんじゃないかと思ってたんだ」
「へえ、それで?」
「当人らが幸せなら、それだけでこんなにお似合いに見えるんだとよくわかったよ」


(2017/02)
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