▼ 理想なしに計画なし
「お前は配偶者計画の条件五十八項目中三十三項を満たさんので却下だ」
一世一代の告白は、この言葉で幕引きとなった。
翌日。
「あれ? 名前さんどうされました? 顔色が……」
「べ、別にどうもしないよ? 今日も元気だよ?」
気遣うような敦くんの言葉に慌てて首を振る。
この武装探偵社は社内恋愛禁止ではないとはいえ推奨されているわけじゃないし、何より共通の知り合いにバレたら色んな意味で気まずいこの上ない。誤魔化すに越したことはなかった。
「それなら構いませんが……」
一応納得してくれたことに安堵すれば、
「土偶みたいな顔してないで駄菓子買って来てよ。もうなくなっちゃった」
乱歩さんの声にぎくりとする。
この人に見通せないものは何もないから、私の気持ちも国木田さんに玉砕した件も全部わかっているに違いない。
「あ、後で買いに行きま――」
「今だよ今! すぐ食べたいんだから!」
「は、はい! 行ってきます!」
乱歩さんがこうなったからには素直に従うのが鉄則だ。
慌てて席を立てば、
「あ、そうだ。さっき解決した事件の依頼人からもらったけど僕いらないしあげる」
ぽんと渡されたのは新品の手帳だった。
「どうされたんですか、これ」
ぱらぱらと中身をめくれば真っ白なものだった。罫線も何もない。
「殺された被害者が手帳職人で、最後に作っていたものを遺族が感謝の印から僕にどうしてもどうしても受け取って欲しいって云うからもらってあげたんだ」
「こ、こんなのもらえませんよ! 乱歩さんが使わないなら遺族に返して来て下さい! 使えません!」
「厭だよ、面倒だ」
乱歩さんはさっさと自分の席について、いつもの体勢になる。こうなったらもう無理だ。そうでなくても乱歩さんに対して意見が通るわけがない。返却は諦めてとりあえずポケットに入れておくことにした。
「僕が買いに行きましょうか?」
「ううん、私が頼まれたし」
敦くんの申し出は有り難いけれど気分転換にもなるし。そう思って私は事務所を出た。
買い物を終えた帰り道。途中にある河辺で少しぼーっとすることにした。乱歩さんが待っているのはわかってるけど、そうせずにはいられなかった。
それにしても今日は寒い。私の心が寒いからか。
厚い雲で日中なのに暗い。私の心が暗いからか。
「……自分が見所のない駄目な女なのはわかってるよ。だって三十一項目満たさなかった文ちゃんに比べて二項目も多い私だし」
つい先日に国木田さんが関わった事件を通して出会った女の子、文ちゃん。まだ年端もいかない彼女にも届かないなんて、もうどうすればいいかわからない。
もっとわからないのは、あんな風に云われてもまだ国木田さんを好きなまま変わらないのはどうしてだろう。
この日何度目かわからないため息をついた時、
「おやおや、可憐なお嬢さんがこんなに素晴らしく心中向きの河辺で物憂げなため息を吐く姿を見られるとは、今日の私は運が善い」
「……太宰さん」
今日も首と手首にこれでもかと巻かれた包帯、砂色の外套を風に揺らして、太宰さんが私の隣に立っていた。
「何かあったのかい?」
「……訊かなくてもわかってますよね?」
だって太宰さんには乱歩さんのような推理力とはまた異なる、物事を見通す力があるんだから。
「自分を卑下するわけじゃないですけれど、私って魅力ないんだなとつくづく思っていただけです」
「君に魅力がないだって? 真逆。何を云うんだい。私ならいつでも大歓迎だけど?」
「太宰さんは一緒に心中してくれる相手なら誰でも善いんでしょう」
「じゃあ名前ちゃんはどんな人なら誰でも善いのかな」
真逆と私は首を振った。
「誰でも善くありません。私は国木田さんが――」
そこで気づいた。
やっと気づいた?と云わんばかりに太宰さんが薄く笑う。
私はさっき乱歩さんにもらった手帳を開いた。
二時間後。国木田さんの休憩時間を見計らって、私は彼の前に立った。
「国木田さん」
「……む、苗字か」
昨日の告白があった手前なのか、少しだけ気まずい空気が流れたけど、国木田さんは気にしないように努めていたし私もそうした。
ゆっくり深呼吸してから私は書き込んだ自分の手帳を広げて云った。
「実は、国木田さん。あなたは私の旦那様計画の条件五十六項目中二十九項を満たしていません」
「ぐ!? な、何だと……」
絶句している様子に私は続けて云った。
「でも、好きです」
たとえ理想とは違っても、私は彼が好きなのだ。
「だから、いつか、どれだけ条件に合わなくても――私のこと、好きになってもらえるように頑張ります」
私は手帳をぱたんと閉じて、にっこり微笑んだ。
(2017/01/23)