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▼ 明日は明日の風が吹く@

 藤襲山にいる鬼たち――最終選別のために放している鬼のうち七割は名前さんが生捕にしたものだ。
 鬼殺隊へ入隊が適う程度の強さの鬼ばかりとはいえ、なかなか骨が折れるそれ。

『しのぶ。殺して勝つことより、殺さず勝つことの方が難しいのよ』

 かつて姉さんが口にしていた言葉を思い出す。
 私だってわかってる。彼女はちゃんと、柱に匹敵するくらい強くなるだろう。いや、すでに強い。

「苗字名前! 下弦の陸を撃破!」

 だから、いつかこうなる日が来る気がしていた。




 その数日後の柱合会議に召集されたのは柱だけではなかった。予想通り名前さんもいた。

 長かった髪はばっさり肩で切られていて、まだ整えられていない。顔も半分が包帯に覆われている。左手は折れたのか肩から包帯で吊っていて、戦いの激しさを物語っていた。

 それでも、勝利は勝利だ。

 十二鬼月の一人を倒した以上、本来ならば柱になってもらうところだけれど、

「あの、名前ちゃんには十人目の柱になってもらうのはどうかしら……?」
「甘露寺さん、柱は九人でなければなりません」
「どうして九人なの?」
「柱の文字は九画ですから」

 私が説明すれば甘露寺さんは宙に指で文字を書き、合点したようにぽんと手を打った。

「なるほど! そうだったのね、知らなかったわ」
「それを言えば『柱』が『木』だった時代もあったが……今この時、柱の席が埋まり控えもいることは戦力拡充に於いて申し分ないことだ」

 すぐそばにいた悲鳴嶼さんが何度か小さく頷いた。
 確かに柱の控えがいるのは良いことだ。私もそう思う。

 そして柱合会議が始まった。挨拶の口上は煉獄さんがこれ以上なく闊達に述べた。

「名前。よくやってくれたね。君は凄い子だ。――ただ、今は空きがないから柱になってもらうことはできないんだ。ごめんね」

 お館様の言葉に、彼女はゆるく首を振る。

「お褒めのお言葉とお気遣い、ありがとうございます。甲の階級のままで構いません。柱であろうとなかろうと、私のやることに変わりはありません。怪我の完治次第、任務へ戻りますので」
「せめて、何か望むものはないかな」
「ひとつだけ。お館様がいつまでもご壮健であられますように」
「ありがとう、そう在れるよう努めるよ。――他には何かないだろうか」

 お館様はどうしても彼女に褒賞を与えたいらしい。柱ならば給金から屋敷まで望むままだけれど、それ以外は定まった分しか与えられないからだろう。

 名前さんは思案の表情を見せた。

「あの……」
「言ってご覧」

 言い淀む名前さんにお館様がやわらかな声で促す。

「私――風柱様の継子にして頂きたいです」
「はァ?」

 不死川さんが棘のある声を発した。

 どちらかと言えばたおやかな身体と雰囲気を持つ名前さんは風の呼吸の使い手だ。あの攻撃特化型を彼女が操ることは、実際目にするまで思い至らなかったけれど日輪刀の色も若草のようなそれだった。

「継子になるために必要なのは、双方の同意だ。私から口に出せることではないね」

 お館様の言葉に、名前さんが不死川さんへ顔を向けた。真摯な眼差しで、少し震えながらも声を上げる。

「風柱様。私を、継子に――」
「却下だァ」

 にべもなくそう口にして、不死川さんは目を眇めた。

「聞いたぜェ。薬問屋の若旦那に婚礼申し込まれたんだろ?」

 なぜそれを、と名前さんが戸惑った顔をしたけれど、私だって存じ上げていますとも。壁に耳あり障子に目あり、です。

「そいつと一緒になれ。所帯を持って子供を産んで育てろ」
「私は鬼滅隊を辞めません。家に入り身籠っては刀を握れません。もし鬼に襲われたら――」
「俺が守ってやる」

 きゃあ、と甘露寺さんが両手を口元に当てる。頬を染めて、その瞳はきらきらしていた。

 周囲を気にすることなく不死川さんは名前さんを睨むようにじっと見ていた。

「俺がお前とお前の家族の生活を守る。だから幸せになれ」
「わ、たし――」

 名前さんがうつむく。

「幸せに、なれません」

 絞り出すような声で言った。

『普通の女の子の幸せを手に入れて、お婆さんになるまで生きて欲しいのよ』
『こんなことされて私、普通になんて生きていけない!』

 つい過去の声が重なって、振り払う。今は姉さんのことを考える時じゃない。

「あの人と添うても、幸せにはなれません。――なりたく、ない」
「なるんだよ。なれ」

 不死川さんの命令に似た鋭い口調に、彼女は黙り込んでしまった。

「実弥」

 お館様の声が包み込むような響きで降ってきた。

「名前の欲しいものをよく聞いてあげてほしい。あと、結婚は無理強いするものじゃないよ」
「――は。承知致しました」
「では柱合会議を始めよう。名前、下がっていいよ。まだ完治していないのに呼び出してごめんね」

 名前さんは頭を下げて、腰を上げた。

 隠に介添えされながら離れていく背中に、私は慌てて呼び掛ける。

「包帯を交換しますので、後で蝶屋敷へ来てくださーい」

 彼女はぺこりと頭を下げて、今度こそ離脱した。

 それにしても不死川さん、もっと他に言い方はなかったんでしょうか。

 私が気にしたところで詮無いことですが。

 いつだったか姉さんから聞いた、先代風柱の口癖を思い出した。

『明日は明日の風が吹く』――風の呼吸の使い手たちは、その言葉も統べるのだろうか。


(2023/05/22)


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