▼ 君の唯一無二で在りたい
「マスターと契約するのは後にも先にも私くらいだって前に言ってくれましたよね」
カルデア内を歩きつつ電磁三味線のアップデートについて今後の展望を話したところで、唐突にそんなことをマスター君が口にした。
「そうだな、光栄に思いたまえよ」
「戊辰聖杯戦争で高杉さんはどこかのマスターに召喚されて契約を結んだから現界できたのでは? 何だか矛盾してません?」
素直に考えればそうなるが、あれは君が知る聖杯戦争とは趣が違ったんだよ。
僕がそう話す前にマスター君は言葉を続ける。
「まあ、事実は何でもいいんですけど」
「おいおい、君から言い出したのに何だよ」
せっかく僕が絡繰を教えてやろうと思ったのに。
「えっと、つまり私が言いたいのは『今まで』ではなく『これから』の話です」
そこでマスター君のマイルームに到着して、そのまま一緒に入る。無言で『解析』を行い、室内には僕たちしかいないことを確かめた。マスター君の部屋には驚くような場所にサーヴァントが潜んでいることが多い。面白いが、今は二人きりが良い。マスター君は誰がいようと構わないようだが僕は構う。
「これから?」
扉が閉まって、確かな密室になった。
僕は勝手知ったる要領でマスター君のベッドへ腰掛けてそのまま背中を倒す。「私のベッドですけど」と常なら飛んでくる言葉は発されることなく、マスター君はただこちらをじっと見下ろしていた。
「高杉さんにとっての『これから』です。英霊の座に招かれている以上、どこかの世界、どこかの時間軸で召喚される可能性があるのに――契約するマスターが私だけなんて、もったいないと思いません?」
「は?」
「だって、面白いことって人と人が関わり合うことで起きるでしょう?」
高杉さんも、色んなマスターと出会うことで色んな面白いことに巡り会えると思うんです。
真顔で彼女はそう話す。
彼女が言わんとしていることはわかる。わかるとも。人には一人では成せないことが多くあるように、人と人との摩擦によって時に驚くような結果をもたらすことは。
現にマスター君と過ごす日々は面白い。昨日より今日、今日よりも明日、と思える程に。
だが、面白くない。
「――本気でそう思っているのか? 僕以外の、どのサーヴァントに対しても?」
僕は何を苛立っているのか、自分で自分の感情を分析しながら訊ねた。
そんな僕にマスター君はきょとんとした表情で、
「当たり前でしょう。……マシュだけは、ちょっと違う気がするんですけど」
それでも、あの子の可能性を縛りたいわけではないので、と彼女は言った。
法螺貝と盾の英霊、彼女にとってのファースト・サーヴァント。デミ・サーヴァントであることから他のマスターとやらに召喚されることはまずなさそうだが。
それにしても――マスターとサーヴァント。
結局のところ、それは主従に尽きる。
僕自身が参戦した戊辰聖杯戦争で、何人かのマスターを目にした。
カルデアのデータベースから閲覧可能な聖杯戦争の情報も得た。
マスターとは千差万別だ。人間が、そうであるように。
面白くない人間が僕のマスターになるだなんて、冗談じゃない。
サーヴァントがマスターに反旗を翻すことがあることも大いにわかるとも。
怖がらないで、とマスター君が口にする。
怖がっちゃいないさ、と僕は鼻を鳴らして返す。
「僕にとっては君だけだ。――君だけだよ」
するとマスター君が小さく笑った。
「高杉さんって、ある意味一途ですね」
「ある意味とは何だある意味って」
「女遊びとかたくさんしていたみたいなのに、奥さんもお妾さんもそれぞれの形で大切にして――マスターは私一人だけとして、大事にしようとしてくれてるので」
はにかむように笑う顔が、いつまでも眺めていたいと思うもので。
私だけのサーヴァントでいてください、とでも言ってくれたら面白いのに。――嬉しいのに。
だが、君は決して言わないだろう。
「…………」
君の唯一無二で在りたい。
そう思う僕のこの感情は、何だろうな。
(2023/04/17)