▼ 隠し味はチョコレイト
夢を見た。
作ちゃんと一緒に、カレーを食べる夢。
懐かしいお店の、あのカウンター席で。
カレーは辛くて、でも美味しくて。
スプーンを口に運ぶ手が止まらなくて。
お腹が苦しくなっても、止められなくて。
「ねえ、作ちゃん」
声をかけたところでやっと、夢が終わってしまうのが分かった。
作ちゃんの横顔が次第にぼんやりして、窓から差し込む陽の光でいっぱいになる。朝の光だ。
「ううぅ……ん?」
カレーをいっぱい食べたけど、夢だったからお腹の苦しみは幻だったわけで。だけど目を覚ましてもそれは消えなかった。まだ、重い。
何でこんなにお腹が重いの?
違和感に手を伸ばして、ふわふわのそれに触れた。誰かの頭だとわかる。つまりこのふわふわは髪の毛。やっと記憶が眠る前と繋がる。
ああ、そうだ。昨日は一緒に寝たんだった。
基本的に夜はポートマフィアの時間だけど、こんな夜もたまにはある。
「――おはよ、中也」
声を掛ければ、もぞもぞと頭が動いた。そして中也は私に覆い被さる形になる。
「……織田の夢、見てたのか」
「あー……」
多分、私は寝言で作ちゃんの名前を呼んだんだろうなとわかった。
「うん、一緒にカレー食べたよ」
ふうん、と中也は口にするだけだった。
勘違いしてるんだろうなあ、中也。
作ちゃんが死んでからしばらくずっと私は塞ぎ込んでいたから。色んなことがどうでもいいと投げやりだったから。
作ちゃんは大事な人だったから。
でもね、私と作ちゃんは付き合ってたわけじゃないんだよ。
そもそも、作ちゃんのこと好きだったけどそういう『好き』とは違ったし。
だけど、それを説明しても中也のもやもやは晴れないだろうなとわかる。言葉は無力だ。
せめて態度で示そうと中也にすり寄れば、ぎゅっと身体を抱き寄せられる。せっかくの広いベッドなのにね。足まで絡めて、私たちの身体に離れている箇所はない。
それにしても、喉が異様に渇いていた。夢の中でカレーを食べたせいかな。ううん、わかってるよ、寝ている間に身体から水分が減ってることくらい。
しばらく中也とくっついてから一人でキッチンに向かって、グラスへ水を注ぐ。一杯飲み干してやっと人心地ついてからベッドへ戻ると、ぐいっと中へ引き込まれた。
結構な勢いに戸惑っていると、澄んだ青い瞳にじっと見つめられる。
「――二度と戻って来ねえかと思った」
水を飲みに行っただけで?
一瞬そう思ってから、そのことじゃないと理解する。
あの頃――私が勝手にいなくなった頃のことだと。
作ちゃんが死んで、緩慢に生きるだけだった私は最終的に首領宛に手紙を送って分不相応な超長期休暇を勝手に取得した。他の人たちには何も知らせずに姿を眩ませた。私がいなくてもポートマフィアの仕事は回るし、面倒なすべてを拒否してヨコハマを出た。
帰って来てから首領が一切の説明を周りにしていなかったことを知って、自業自得とはこのことかと後始末に奔走したっけ。首領は私を粛清対象へ指定しなかっただけだった。中也、紅葉姐さん、あと梶井さんのおかげで今の私がある。梶井さんって檸檬爆弾を作る以外のことはしないとあの時まで思い込んでいた。
閑話休題。
ごめんね、中也。
私は自分のことしか考えてなくて。
それでも、今一緒にいてくれてありがとう。
全部言葉にして伝えるべきなのに。
私の口から出たのは「キスして」のお願いだけで、言い終わるより早く中也の唇が降って来た。
酸素が奪われてしまいそうな心地になって、しばらくしてからやっと唇が離れる。また抱きしめられて、私も中也の背中に手を回す。
安堵したような中也の吐息に、胸がいっぱいになる。
それから空腹に気づいた。
「中也。今日は、何食べたい?」
「手前が作るなら、何でも」
「一番困るんだけど」
「……じゃあ、カレー」
「ほんと?」
中也の優しさに泣きたくなる。
どうすればこの想いに応えられるのか、私にはまだわからなくて。
「ありがとね、中也」
あともう少し、このままくっついていよう。
その後はカレーを作ろう。
別に、あの辛くて美味しいカレーを再現して作るわけじゃなくて。
中也と二人で食べる、私らしいカレーにしよう。
(2023/02/20)