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▼ 刹那を満たす恋心

「知っているかい? 君も異能が使えるんだよ」
「……何言ってんの、太宰くん」

 時間は深夜。わたしたち以外に誰もいない探偵社。
 事務員のわたしは残業している状況だった。どこかの誰かさんのおかげで。まあ、すぐ隣にいる人なんだけど。
「処理は休み明けにしたら?」と春野さんは言ってくれたけど、面倒事を先送りにすると気分良く休日を過ごせないからと自分で茨の道を選んだ。残業タイムは普段より効率が落ちると理解しながらも関係各所から提出を求められている書類をひたすら文字で埋めていく。

 電気代節約のために天井の電灯は消してある。デスクランプとパソコンの画面で周りは充分に明るい。そんな中でわたしはキーボードを打つ手を止めずに大きくため息をついてみた。

「わたし、異能使えないし。異能力者じゃないし」

 やることもないだろうに帰らずに、太宰くんは楽しげにわたしの隣の椅子に座っていた。帰ればいいのに。自分のせいで私が働いてるから罪悪感でもあるのかな。いや、そんなわけないよね。

「仮にどんな異能が使えたところで、太宰くんの前じゃ形無しだね」

 彼の異能力である異能無効化を思い出していると、

「それが私に効く能力なのだよ。君だけの特別な力だ」
「……『私の異能無効化に例外はない』って前に言ってなかった?」
「言ったね」
「……じゃあ、わたしのそれは異能ではないのでは?」

 何この会話。さっさと帰りたい。終電が近い。

「確かめてみよう。ほら、両手を広げて」

 何それ。でも放置したら面倒なことになりそう。

 仕方がないから一度手を止めて言われるままにすれば、そこに太宰くんがぽすっと入ってきた。つまり、抱きしめられる形になる。

「えっと、太宰くん?」

 行き場のない両手を、何となく太宰くんの背中へ回す。弱々しくはないけれど薄くて、冷たい背中に。
 彼の吐いた息が、わたしの首筋を滑るように撫でる。

「――君に触れていると、満たされる。私が触れているのに」
「…………」

 彼が胸に抱く『それ』は底のないコップみたいなものだから、この刹那に限ったものだとわたしにもわかる。ずっと満たされることはないものだって。

「君と心中できたら善いのに」
「それは無理」
「何故?」
「わたしだけ死んで、太宰くんだけが生き残りそうだから」

 上手くいかないよ、わたしたち。

 そう伝えて、身体を離す。

 それからは太宰くんの顔を見ないようにやっと書類を仕上げて、春野さんへメールを送信する。休み明けに彼女のチェックを経て提出すれば処理は完了だ。

 帰り支度をしていると、

「また、君を抱きしめても構わないだろうか」

 静かな夜に似合う穏やかな声だった。

 対太宰くん限定のわたしの異能とやらが一体いつまで使えるのかわからないけれど。

「……ありがとう、太宰くん」

 そう伝えれば、何のお礼だと首を傾げられる。

「太宰くんが本気を出せば、わたしなんて一瞬で全部太宰くんのものになっちゃうのに」

 わたしに選択肢をくれる。

 あなたは悲しくて残酷だけど、やさしく在ろうとしている人なんだ。

 太宰くんがぱちぱちと瞬きをして、

「本気、ね……」

 何か考えるような表情になるから、わたしは「お手柔らかに」と伝えてさっさと探偵社を出る。そのまま一人で昇降機に飛び込んだ。


(2023/02/08)


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