▼ ままならない日々に終焉を
「すっげー良い店だったなあ!」
「おれ、今日もマリアンヌちゃんに会いに行こっと!」
「ロザリーちゃんも可愛かった……」
「酒の品揃えも良かったし、言うことなしだ」
「ね、キャプテン!」
「そうだな」
停泊した島の店で一晩を明かし、俺たちはポーラータング号へ戻る。夜明けの空はよく澄んでいて、港に泊めてあるトレードマークの艦がよく映えていた。
「名前、帰ったぞー!」
シャチの呼びかけにいつも朝早くから整備で起きている名前が顔を覗かせると思ったら――反応がない。
そもそも人の気配がないことに違和感があって、すぐに乗り込む。
クルー総出で探したが、艦には誰もいなかった。人影が見えたかと思えば名前の作ったらしき人型装置が鎮座しているだけだ。
「名前!」
「どこだー!?」
「…………え、誘拐?」
艦は荒らされた気配もねえし、どういうことだ。
名前に何があった。
「あ、みんな、おはよー」
岸から欠伸混じりの声がした。名前だ。艦へとのんびり歩いて来る。
「どこ行ってたんだよ元気で良かったけど! 艦の見張りは!?」
「《ドコマデモミマモールくん》でちゃんと防犯機能張ってたよ。何かあれば私に通信来るし、暫定対応処理用に対人戦闘型ロボも配置してたし。この子、まだ名前付けられてないんだよねえ。何が良いかな」
シャチの声にまた欠伸しながら名前が答える。
名前の発明品の精度を疑ってるわけじゃねえ。
問題は――
「お前、一晩どこにいたんだ」
「ん? みんながいた店の隣の店だけど?」
名前があっさり答えて、俺は記憶を探る。
確か、隣にあったのは――
「俺たちがいたのが美女揃いの店で、確か隣は――美男揃いの店だったな」
ペンギンの答えに、「そうそう」と名前が笑う。ほわほわした笑い方だった。まだ酔ってやがるな。
「みんな、すっごくカッコよかったし優しかったの! 私の発明を見せたらどれもいっぱい褒めてくれて!」
「それが仕事だもんな」
「知ってるよ! だから行ったの!」
楽しかったあ、と名前は明るい声で一人盛り上がる。
「まだログ貯まってないからしばらくこの島にいるんだよね? 今夜も行こうっと」
「駄目だ」
考えるより先に声が出た。周りが一気に静かになった。
名前は大きな目で瞬いてから、眉を寄せる。
「何でダメなの?」
「とにかく行くな」
「皆は良いのに、何で私はダメなの?」
名前に一理あることはわかっている。
それでも俺が黙っているとペンギンが口を開く。
「お前は何でそんなに行きたいんだ。今までそんな店に興味なかっただろ」
「興味はあったよ! 今まで行かなかったのは勇気が足りなかったから! 私だって甘やかされたいし、褒められたいの!」
「それはわかるけどよお……」
「いっぱい頭撫でてもらえるし、何を話してもにこにこ聞いてくれるし! 抱き着いても鬱陶しがられないし!」
昨日にこいつがどこぞの野郎と何をしていたのか理解しながら、頭が痛くなった。
別に、何もおかしなことはない。女だって欲求はあるだろう。
だが、気に入らねえ。
俺は名前を見下ろした。
「何か言いたいことはあるか」
「えーっと……ローの顔が怖い」
「そうじゃねえだろ」
「あのさ、使ったお金は私が自分で作った発明品を売ったり修理で稼いだお金だし、何がダメなの?」
「…………お前、俺の部屋に来い」
他のクルーには朝メシの用意や各々の役割を指示して、名前を船長室へ来させる。名前の顔は不機嫌そのものだった。
「納得できなければ今後のことを考えて私は艦を降りる」
「お前がいなくなると俺たちは困ることになる。代わりはいねえんだ」
「大丈夫、私の代わりは探せばいるよ。整備の引継ぎ書類もちゃんと残すから」
「無理だ」
「後任探すの面倒なだけでしょ?」
最悪の状況がさらに最悪になりつつあった。
俺が長く息を吐いていると、
「……みんなが行かないなら、もう行かない」
それは無理だ。
クルーも増えてきて、定期的に女と過ごさねえとやってられねえ連中もいる。それを制限する気にはなれない。
「俺は行かねえから」
「……それはローがかわいそうな気がする」
船長って大変だね、と妙な慰め方をされた。
「お前がいなくなるより、ずっといい」
「……そんなに私、必要?」
「ああ」
「なのに遊びに行くのはダメなの? 私は機械じゃないんだよ、気晴らしとか楽しみも必要なの」
「わかってるし否定するつもりはねえよ。だが――男遊びは、駄目だ」
名前は唇を尖らせる。
「その言い方、嫌だな……私はちゃんと仕事をしている人のところにお客として行っただけで……」
他のクルーが美女のお店行くのと同じだよ、と言った。
そうだな、同じだな。
だが、俺が嫌なんだ。
俺が黙っていると、名前がため息をついた。
「そもそも恋人でもないのに制限されるのはおかしいと思う」
「じゃあ、なる」
「はい?」
「恋人」
深く考える前に俺が言葉にすれば、何言ってんだこいつと言いたげな胡乱な目つきになる。
「私、ローのタイプじゃないでしょ」
タイプじゃなくても惚れてんだよ、お前に。
黙らせるために名前の手を引いて抱き寄せる。そのまま身体を抱きしめた。戸惑いの声を上げた後、名前は安堵したように息を吐く。こいつは誰かにくっつくのが好きなんだ。スワロー島にいた頃から知ってたのに、蔑ろにしちまった。もっと早く、こうしておけばよかった。
少し身体を離して顔を近づければ、
「……ぐう」
「…………」
寝てやがる。どれだけ昨日は羽目外したんだか。
「……覚えてろよ」
(2022/08/01)