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▼ 冷たい背中

「零くん?」

 お風呂上がりに人の気配がしてリビングを覗けば彼がいた。久しぶりに見る零くんだ。座ればいいのに立ったまま壁掛けカレンダーを眺めている。

「ああ、合鍵で入らせてもらった。連絡もなしにすまない」
「怪我、いっぱいしてるけど大丈夫?」

 包帯やら大きなガーゼやらがあちこち見えて、激戦をぐぐり抜けて来たんだとわかる姿。事件溢れてやまないこの国のこの町だから、一体どの事件によるものなのかはわからないけれどお疲れ様すぎる。

「見かけほど酷くないさ」
「無理しないでね。ご飯食べる?」

 大したものはないけれど、と話しながら私は首を捻る。

 何となく、違和感。

 いつも通りなのに。零くんの声も、表情も、態度も。

 なのに――何となく、泣いているような気がした。

 零くんは泣かない。わかってるし、知ってる。

 でも、泣きたくなる時はあるんじゃないかな。

 だから私は、零くんの後ろから、ぎゅっと抱きしめてみる。

 冷たい背中だった。冷え切っていて、私の身体じゃとても温めきれない。

「離れないと湯冷めするぞ」
「こうしたいの」

 腕に力を込めると、私の手を零くんがそっと握った。

「悲しいことばかりあったわけじゃないんだ」

 泣きたくなるのは悲しくなる時だけじゃないってこと、知ってるよ私。

「嬉しかったんだ。それに懐かしさと、安堵が混ざって――」

 そこで零くんは一度言葉を区切る。

「名前、手を離してくれないか」
「嫌」
「君を抱きしめたいんだ」

 このままじゃ君を抱きしめられない、と零くんが言うから。

 私が腕の力を緩めると、零くんがくるりと私の方を向く。そのままふわっと私に覆い被さるみたいに抱き締めた。

 私、何もできないね。
 でもね、知ってるよ。

 零くんにはたくさんの仲間がいて、独りじゃないこと。
 もう会えない人たちも、零くんを独りにはしてないこと。

 零くんも、それをわかってるよね。

「名前のシチューが食べたいな」

 どうやら台所にあるお鍋を見たらしい。

「あんまり期待しないでね」

 ハロウィン用に売れ残った特売カボチャを使った、パンプキンシチュー。自分じゃ高得点の味だけど零くんの料理と比較すると足元にも及ばないし。

「楽しみだ」

 頭に軽くキスされて、ひゃっとなる。

 零くんから離れた時、冷たかった背中は少し温かくなっていた。

(2022/04/24)


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