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▼ 君とお揃いが欲しい

「いたたたた……」

 何とか鬼の首を斬れたけれど、右腕が折れてしまった。
 鬼と戦っている間は気にならなかったけど、今は普通に痛い。つらい。

 でも、生きてる。

 ゆっくりと深く呼吸していると、髪がぐちゃぐちゃになっていることに気づいた。髪紐がいつの間にか切れている。ばらばらと顔の周りで揺れる毛先がどうも落ち着かない。何より鬱陶しい。

 左手でポケットを探ったけれど、代えの髪紐をうっかり切らしていた。

「まあ、紐があっても片手じゃ結えないか……」

 ため息をつきながら適当な枝を探す。山中だから苦もなく手頃なものを見つけて、左手で右手の添え木を固定しようと四苦八苦していたら、ぶわっと後ろから風が吹き抜けた。

「む、君だったか!」

 頭上から朗らかな声。顔を上げなくてもわかる。煉獄さんだ。

 髪を下ろしているから一瞬誰かわからなかったと煉獄さんが言った。

「見苦しくてすみません。髪紐が切れてしまって、予備もなくて……あ、鬼の首は斬りました」
「それは重畳! 怪我はないか?」
「大丈夫です、右腕が折れただけなので」
「それは大丈夫ではないな!」

 煉獄さんは座り込んでいる私の前へ屈むと、私が手こずっていた右手への添え木を手際良く固定してくれた。
 ありがとうございます、と頭を下げる。ぼさぼさの髪が顔の横に落ちて鬱陶しかった。
 首を振って髪を払っていると、

「――落ち着かないなら俺が結おう。君の髪に触れても構わないだろうか?」
「え、は、はい」

 何を言われたのか理解する前に頷くと、煉獄さんは私の後ろへ回る。それから指で私の髪を梳き始めた。
 何をしてもらえるのかやっと私の頭は理解して、遅ればせながら申し訳なくなる。

「す、すみません……」

 大きな手と指が触れる優しい感覚に胸が高鳴って、呼吸が苦しくなる。

「……慣れておられますね」
「昔は千寿郎の髪を結っていたからな」
「弟さん、でしたっけ?」

 そうだ、と答える煉獄さん。やがて私の髪から手を離す。

「完成だ! どうだろうか!」
「ありがとうございます。え、ええと……」

 鏡がないから自分の姿を確認することができない。次のお給金を頂けたら手鏡を買おう。先週に鬼との戦いで割ってしまってから買うのを躊躇っていたけれど、やはり必要だ。身嗜みの確認以外に、仲間や鎹鴉への合図に重宝するものだし。

 せっかく結ってもらったのが乱れないように、軽く左手で髪に触れる。いつも自分でやってる一つ結びじゃない。耳から上の髪だけが紐でまとめられている。

「煉獄さんと同じ髪型……ですか……?」
「うむ、よく似合っている!」

 朗らかに笑う煉獄さん。
 優しくて柔らかな笑顔に、じんわり胸があたたかくなる。
 ずっと見ていたいなあ、と思っていたら、

「北北西! 次ノ任務ハ北北西!」

 頭上から鎹鴉の声が響く。煉獄さんの鴉だろう。

 私は腰を上げて、姿勢を正す。

「煉獄さん、お気をつけて」
「ありがとう! 君はしっかり療養するように!」

 そして、あっという間に煉獄さんの背中が見えなくなった。

 私はもう一度、左手で軽く自分の髪に触れる。

 いつもは一つに束ねているだけだから新鮮な一方、どうも慣れない。

 それにしても、どうしてだろう。
 一つに束ねるくらい難しい結い方でもないのに、なぜこの髪型にされたのか。
 単にご自分と同じ髪の結い方が慣れていたからだろうか。

「……まあ、いいか」

 しばらくはこの髪型で過ごしてみようと思った。


(2021/11/30)


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