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▼ 雪降る夏の夜

 とある夏島にポーラータング号で停泊した時のこと。

「きいいいいいい悔しいいいいいい……!」

 歯を食いしばってぎりぎりしていたら、ローに止血用ガーゼを差し出される。「歯を痛めるから噛め」とのこと。口を開ければ挟んでくれた。

 さて、再開。

「ぎいいいいいいいぐやじいいいいいい……!」
「名前は何してるの」

 ベポの心底不思議そうな声。頭に花輪なんか乗せちゃって、エンジョイしていることがよくわかる。

 そう、この夏島ではお祭りの真っ最中だった。誰もが笑い、飲み、食べ、遊び、歌い、踊っていた。
 催し物もたくさんあって、私もわくわくあちこち眺めていると、ふと目に入った先で『発明・開発コンテスト』が催されていた。ルールは『限られた部品を使い、祭りを盛り上げる作品装置を作ること』。得意分野だと嬉々として飛び入り参加でエントリーした。

「発明と開発って何が違うんだ?」
「前者は今までなかったものを作ること、後者は今までになかった方式やメカニズムで作ること、かな」

 今はハートの海賊団で整備士の肩書きだけど、スワロー島じゃヴォルフさんとあれこれ発明も開発も色々やってたし。
 だから胸を張って参加してみた。

 我ながら良い感じに完成した作品装置の提出と発表を終え、結果は――予選落ちだった。入賞すらしなかった。

 自分で言うのも何だけど、私、それなりにすごいと思うんだけどな!
 そりゃあDr.ベガパンクとかのレベルには遠く及ばないけども!
 この小さな島のお祭りで良い感じに表彰くらいはされるかなって!
 そんな驕りがあった分――予選すら突破できなかったなんて、恥ずかしいし惨めだし落ち込む。

「考えてみれば私の経歴ってスワロー島のお祭りコンテスト『孫にしたい部門』優勝しかない……」
「『セクシー悩殺部門』に応募しようとしていたお前を止めた俺たちの英断だったな、あの時は」

 肉の串焼きを食べながらシャチが言った。ベポ同様に花輪を頭に乗せている。

 目に映るもの全部が華やかで、みんな楽しそうで――悲しくなってきた。

 私の実力を認めてもらいたい。

 でも、結果が出ない。

 それって私に実力がないからでは?

「…………」

 私、ハートの海賊団にいていいのかな。

 口からガーゼを外して、近くにあったゴミ箱へ捨てる。

 何だかんだ、ローは優しいから。今のガーゼを歯に詰めてくれたみたいに。私が役立たずでも追い出したりしない。

 その優しさが、一気に苦しいものに感じられた。

『さあさあ盛り上がってまいりました、発明・開発コンテスト! それでは、優勝作品の発表です! 優勝は――エントリーナンバー9番《自動肩叩き装置》です!』

 嘘でしょ。優勝があのレベルなんて。左右交互に突き出した球体がぽこぽこ動くだけじゃん。ルールにあった『祭りを盛り上げる装置を作ること』とは?

 あんなレベルに負けたのか、私は。

 優勝したお爺さんのインタビューなんて聞く気にならなくて、

「……先に艦に戻るね」

 荷物を背負い、島の名産品らしいジュースのカップを片手に私は一人その場を離れた。
 のろのろ、だらだら歩き続けて、賑やかな声と雰囲気が遠ざかる。
 夜風と潮騒に少しずつ落ち着いてきた。ううん、嘘。落ち着いた気になってるだけでまだ無理。つらい。結果が受け入れられない。
 ぬるくなったジュースを飲みながら海岸を歩いていると、島の伝統模様らしき刺繍入りのお祭り衣装を着た男が近寄って来た。どうも酒臭い。

「オネーサン、可愛いねえ! どお? 良かったらオレと一晩!」

 うるさいな。どっか行ってよ。

「……気分じゃないので他当たってください」
「まあそう言わずに! オレが気分にしてやるからぐぇぁ!?」
「しつこい。私に触るな」

 私は腰に吊っていた《ハイパーシビレールくん》を抜き、男を黙らせた。
《ハイパーシビレールくん》はヴォルフさんにもらった護身用アイテムの短刀だ。刀身が電気を纏っているから切ったり殴ったりする必要はない。腕力関係なしに当てるだけで痺れが相手を襲う。
 今の男も電撃攻撃で全身が痙攣して気絶していた。

「うわ、一気にバッテリー減った……使ってなくても定期的にメンテしとかないと……」

 男を見下ろして、放置しても問題ないと判断してそのままポーラータング号に戻る。

 それにしても背中の荷物が重い。コンテストの参加賞として自分が作成した作品装置を引き取れたけれど、嬉しくも何ともない。

 何で私が負けたんだ。
 私の何がダメだったんだ。

 色んなことに腹が立って、もう一度叫ぶことにした。

「悔しいいいいいいいいいい!!!!!」
「名前」

 振り返ればローがいた。さっき見た姿と変わらない半袖シャツに、腕には鬼哭。肌が出ているから刺青がよく映えている。皆みたいに花輪を頭に乗せてない。

「需要を満たしてなかったからだ」
「……需要?」

 一体ローは何を言ってるのか。

「お前が提出した作品装置はこの島に求められるものじゃなかった」

 ロー曰く、この島には老人が多く、子供が少ない。大人はその中間の数。
 審査員である年老いた島の長が欲しがった装置は彼ら老人が喜ぶものだったとローが話す。

「だから、肩叩き機が優勝……?」
「準優勝、三位、入賞も似たような作品ばかりだった。選ばれなかったのはお前の実力云々じゃねえよ。お前が優勝を望むなら、年寄り向けの作品装置を作るべきだった」
「…………」

 そうだったんだ。

 ぼんやりと返す言葉を探していたら、呆れたようなため息をつかれた。

「何で賞やらにこだわるんだ、お前」
「それは――」

 思わず手に力が入る。

「名前はすごいなあ、って思ってもらいたかったからだよ」
「誰に」
「みんな。……ローにも」

 やだな。泣きそう。

 私はただ、胸を張ってハートの海賊団にいたいだけなのに。

「俺はずっと思ってる」
「嘘。ガラクタばかり作ってると思ってるでしょ」
「嘘じゃねえよ。――おい、それ貸せ」

 私の背負っていた作品装置の筒を勝手に外し、肩に担いだローがさっさと歩き出した。スワロー島にいた頃と違ってぐーんと背が伸びて足も長くなったローに追いつくのは大変。

「ちょっと、どこ行くの」

 訊ねても教えてくれなかったけれど、ローはすぐに足を止めた。広場の一角。島の子供たちがお祭りアイテムや食べ物を手に遊んでいる場所へ。

「起動スイッチはどこだ」
「まずは一番下の黄色いレバーを右へ倒しながら真ん中の白いボタン押して、上部にある赤いボタンで固定してから黒いトリガーを――」
「お前やれ」
「えー……」

 言われるがまま起動する。

「《スーパーユキフラセールくん》起動!」

 筒を固定して、現在の気温を参照に適切な数値を操作、バケツ一杯分の海水を投入。
 数分待ってから、発射準備完了のランプが付いた。

「発射!」

 スイッチを押せば、ドンッと白い塊が空へと打ち上がる。数十メートル以上まで到達すると、それはぶわっと空中で弾けた。

 そして――広場には雪がひらひらと舞い落ちる。

 これが私の作った作品装置だった。

「この《スーパーユキフラセールくん》があれば、夏島の夏でも雪を降らせて楽しむことができます……じゃ、ダメだったんだね……お年寄りに冷えは大敵だもんね……」

 はらはら降る雪の中、ため息をついていたら――

「雪だー!」
「冷たーい!」

 島の子供たちが空を眺めてきゃあきゃあ騒ぐ。楽しそう。さっきの作品発表の時もそうだった。
 無邪気に喜んでくれたから本当に嬉しかったんだ。

「俺は、知ってる」

 雪と子供たちを眺めながら、ローが淡々と続ける。

「ずっと知ってる。名前がヴォルフに負けねえくらい腕の立つ発明家で、技術者で、整備士だってこと。今日出場してた連中なんかお前の相手じゃねえよ」

 ローの言葉に胸が熱くなって、気づく。

 優勝できなくて、予選通過さえできなくて悔しかったけれど――私は、見知らぬ誰かからの評価より、大事な人からの言葉が欲しかったんだ。

「私、これからもハートの海賊団のクルーでいて良い?」
「当たり前だろ」
「Dr.ベガパンクの足元には行けるように頑張るね」
「無理はするなよ」
「うん。……ありがとう、ロー」

 これから何度、自分の実力に心折れる日が来たとしても――この雪降る夏の夜を忘れずにいたいと思った。


(2021/09/06)


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