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▼ 墓地にて物語を捧ぐ

「なぜ、ここへ来た」
「何となく」
「なぜ、俺の本を供えるんだ」
「この人が、作ちゃんの本を読むのを楽しみにしてたのを知ってたからかな」

 そんな風にやり取りをしながら、私は作ちゃんの腕を引っ張って墓地へ来た。
 そこにはポートマフィアの首領だった太宰治の墓がそこにある。洋風でお洒落な墓石は真っ白で、青い春空と陽光も相まって墓地の仄暗さはどこにもなかった。

「知り合いだったのか」
「ポートマフィアの首領と? 真逆」

 でも、色んな話と情報を私なりに繋ぎ合わせて、答えは出た。乱歩さんの超推理には当然及ばないけれど、多分これは正解だと思う。

「この人と、本屋さんで会ったことがあるの。作ちゃんの小説がいつ出るか調べてたら――」
「そんなことを調べていたのか」
「だって作ちゃん、教えてくれないし」

 むくれると、作ちゃんは困った顔つきになる。

「そしたらね、同じことを調べてる人がいて教えてくれたの。作ちゃんの小説が本になるのを、すごく喜んでたよ」

 作ちゃんは「そうか」とだけ言った。淡々とした口調でも不思議に感じていることはわかった。

「妙な男だった。俺のことを『織田作』と呼んでいた」
「そこで区切るんだね」
「まるで知己の友人のように接してきた」
「変な人だったよね。私のことも『名前ちゃん』って呼んで馴れ馴れしかったよ。初対面だったのに」

 それなのに、なぜか嫌じゃなかった。

「――もっと、色んな話をしたかった」

 わからない。
 どうしてそう思ったのか。

 わからない。
 どうして涙が止まらないの?

「名前」

 作ちゃんの指先で、涙を優しく拭われる。

「――『泣かなくていい』とそいつは口にする気がする。理由はわからないが、そう思う」

 優しい声の響きに、また涙が溢れた。私もそんな気がしたから。

 涙が落ち着いた頃、提案する。

「音読しよう、作ちゃん」
「……嫌だ」
「でも、死んだら本は待てないでしょ? 本をお供えしても、この人が読めないよ」
「それは、そうだが」
「ここには私たちしかいないから、ね?」
「……地の文を名前が読むなら」
「九割が地の文だよね作ちゃんの本!」

 墓地でこんなに騒いでしまうのは不謹慎だとわかってる。
 でも、今はどうか許して欲しい。

 そして私たちは一冊の本を覗き込む。

 ゆっくりと声にして物語を紡ぎ始めると、優しい風が作ちゃんと私の髪をさらさら揺らした。


(2021/04/25)


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