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▼ 魅惑の白に囚われるなら

 スワロー島を離れて三ヶ月、航海は滞りなく進んでいる――とは言い難い。

 近頃どうも名前の様子がおかしい。

 ぼんやりしていることが多くなって、ため息ばかりついてやがる。顔色も冴えない。食欲が減退しているのかろくに口をつけない。夜もまともに寝ているのか怪しい。

 海の生活が慣れねえのか?

 だが、補給がてら陸に着いたところで名前の様子に変わりはなかった。艦を離れても相変わらずため息を連発してやがる。

 ならば――

「…………」

 解決に努める。それに尽きる。
 医者として。船長として。

 だが、健康診断並びに“スキャン”をしても名前の身体に異常は見当たらない。結果としては精神状態が著しく下降していることになる。

 原因は何だ。

「ホームシックじゃないですか?」

 医者でなくても名前の変化は明らかで、そう口にしたシャチの言葉にベポが眉を寄せる。

「じゃあ名前だけスワロー島に帰るの?」
「名前には悪いがそれはちょっと……整備士がいねえとポーラータング号はどうにもならねえだろ」

 ペンギンの言う通りだ。
 ポーラータング号の働きは名前の整備にかかっている。だから簡単に艦から下ろすことはできねえし、そもそも俺はそうしたくなかった。
 代わりの整備士を見つけたところで、ヴォルフと一緒にこの艦を作った名前以上の適任はいねえことはわかっている。

「ホームシックだろうと何だろうと、落ち込んでるなら名前がぱーっと元気になれることすれば良いんじゃないですか、キャプテン」

 シャチの提案が一先ずの解決策に思えたが、結局何をすりゃいいんだ。
 名前はスワロー島じゃいつも機嫌良く過ごしているように見えたから尚更だ。

 名前が俺の働かせてもらっていた診療所へわざわざ昼メシを持って来て食っていた頃のことを思い出す。

『ロー! パン買って来たよ!』
『俺はパンが嫌いだ』

 結局あいつ、俺が食えるメシを持ってきたこと一回もなかったな。自分の食い物だけ持ってきて、俺の近くで勝手に食って帰るだけだった。

 だが、そんなことは別にどうでも良かった。

 あの笑顔を、もう随分と見ていないことに比べれば。

「宴か?」
「却下。三日前やったばっかで効果がなかった上に、名前は小食ですぐ寝るしな」
「あ、この近くの海流に《北の海で一番可愛い海王類》がいるって聞いたことある」
「名前って可愛いもん好きだっけ? メカ系の方がテンション上がってるだろ。そもそも海王類が可愛いってどんなジャンルなんだ……」

 シャチ、ペンギン、ベポが話しながら唸っているのを聞いていると、

「お腹空いたー、今日のご飯って何?」

 噂に呼ばれたように名前が入ってきた。ペンギンがすかさず立ち上がって、「名前が好きなもん何でもいいぞ!」とキッチンへ向かう。

「あー、じゃあショートケーキ」
「それはメシじゃねえ! でも作ってやるからデザートな! 昨日焼いたスポンジあるから丁度良かった!」

 全員で夕食を終え、フォークでケーキをつつく名前の調子はいくらか浮上したように見えたが、食堂を出る頃には逆戻りだった。

 もう直接聞いて、その上でどうするか決めるしかねえ。

 名前の部屋をノックすると間延びした声が返ってきた。ドアを開ければ、ベッドにうつぶせになってやがる。

「名前。お前、何をそんなに滅入ってやがる」
「んー……」

 名前は力なく仰向けになった。天井を眺めながら口を開く。 

「……スワロー島にあって、今このポーラータング号にないものって何だと思う?」
「…………」

 そんなもん、いくらでもある。
 むしろ、ポーラータング号にしかないものの方が少ねえだろ。
 ヴォルフはいねえし、お前が贔屓にしてた工具屋もねえ。お前が毎日通ってたパン屋もねえ。まさかポーラータングでの食事は基本的に米だから嫌気が差したのか? 仕方ねえだろ、俺はパンが嫌いなんだ。
 だが、もしそれが原因なら解決に努めてやるから。

「教えろよ」

 俺はベッドへ腕を突く。体重をかけて名前を覗き込めば、ベッドがぎしりと鳴った。横になっている名前は少しも動かない。

「名前」

 お前が欲しいものは、この艦にはないかもしれない。
 代わりのものを見つけることは難しいかもしれない。

 それでも、少しはお前が気分良く、楽しく、元気にいられるように。

 何かしてやりてえと思うんだ。

 医者として。船長として。

 俺なりに真剣に伝えれば、名前は顔色を変えることなくじっと俺を見返す。

「笑わない?」
「笑わねえ」
「呆れない?」
「呆れねえ」
「本当に?」
「本当に」

 名前がむくりと起き上がる。そのままベッドを降りた。
 そしてクローゼットを開けて、何かを取り出す。

「はい」

 俺に渡されたのは、白い布の塊だった。

 広げてみると白衣だ。

 スワロー島の診療所にいた頃、俺がいつも着ていたタイプと同じものだった。

「……は?」

 どういうことだと俺が眉を寄せていると、

「着て! 見せて!」

 名前の鬼気迫る勢いに圧される。

 一先ず言われた通りに腕を通せば、

「わあああああ……!」

 さっきまで青白かった名前の頬が薔薇色になっていた。

 何だ何だ。どういうことだ。

 その時、ベポ、シャチ、ペンギンが部屋へ雪崩れ込んで来た。

「キャプテーン!」
「思い出しました!」
「名前って白衣フェチだからキャプテンが白衣着たら元気出ますよ」

 どういうことだそれは。

 


 以来、俺は定期的に白衣に袖を通す。
 それは円滑な海賊生活に欠かせないものになった。


(2021/01/24)


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