▼ 君の髪が長くても短くても
「む、苗字か! どうしたその頭は!」
蝶屋敷からの帰り道、煉獄さんの声が背中にぶつかってきた。
振り返れば、太陽のような眼差しに射抜かれる。
「お疲れ様です、煉獄さん。ええと、この頭は……」
私は自分の髪に軽く触れる。
煉獄さんが言っているのは、腰まであった私の長い髪がばっさりなくなったことだ。いつも一つに束ねていた髪は、肩にも届かないくらいに短くなっているから結ぶこともできない。
「先の任務で切られました。不覚ですね、鬼に背を取られるなんて」
さっき胡蝶様がきちんと切り揃えてくださったけれど、落ち込んでしまう。自分の力量と、その結果に。
我ながら重すぎるため息が漏れた。
「せっかく、綺麗に伸ばしていたのに」
「だが怪我がないようで何よりだ! 何をそう落ち込む?」
「それは……」
あまりにも真っ直ぐな眼差しに、思わず俯いてしまう。
正直に言ってしまって良いものか。でも、嘘をつくのは絶対に良くない。
深く呼吸してから、私は口を開くことにする。
「お、お慕いしている方が……髪の長い人がお好みのようなので……」
以前、宇髄さん経由で聞いた煉獄さんが好む女性の話。
私には家柄なんてないし、料理も下手だし、丈夫な子供が産めるような体格に優れているわけでもない。
運だけは良いから生き残り続けて、最低限の戦闘力だけは身につけた結果もうすぐ甲の階級だから柱の方々に御目通りする機会は増えたけれども、その程度。
せめて髪の長さくらい、近付きたかったのに。
私がまたため息をつけば、煉獄さんは大きな瞳をさらに見開いた。
「髪の長さで人を判断するような男は君に相応しくない!」
「え、あー、その、その方はとても器が大きく高尚で、髪の長さなんて最終的にはどうでもいいと仰ってくださる方なのですが」
煉獄さんが、髪の長さなんかで相手を判断しないことくらい知ってる。わかってる。
ただ、私は――。
「私が、少しでも……理想に、近付きたかっただけです」
すると煉獄さんは何度か瞬きをして、
「幸せ者だな、その男は」
落ち着いた声だった。いつも通り声に張りはあるけれど、何か違う。
そのことが気になりながらも私は首を振って答えた。
「そんなことは、ないです」
私に好かれても、煉獄さんは困るだけだと思う。
そもそも、この人の幸せって色恋絡みではないだろうし。
きっと、家族と過ごす時間とか。
美味しいものを食べる時間とか。
そういうものだと思うから。
その時、煉獄さんの鴉が頭上に飛んで来た。新しい任務を告げられて、早速向かうらしい。
「では、煉獄さん。武運長久をお祈りしております」
「ああ、ありがとう!」
颯爽と駆けていく後ろ姿に、どうしようもなく焦がれる心地になりながら私は見送った。
「宇髄! ちょうど良かった! 以前話した件だが!」
「何の話だ?」
「好みの女人の話だ!」
「あー、そんな話したな。お前は長い髪の女が良いとかだろ?」
「今は短い髪だ! それを訂正したかった! では任務へ行ってくる!」
(2021/01/11)