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▼ 10月6日まで待ってください

 珍しく海上を漂うポーラータング号。
 空は快晴。あらゆる常識が通用しない新世界の天候なんていつどうなるかわかったもんじゃないけれど、しばらく大丈夫そう。
 だから私は《スーパーお掃除くん31号》に甲板掃除を任せながら、ぼーっと海を眺めていた。

 ツバメの群れが空を横切って、スワロー島――懐かしいプレジャータウンを思い出す。

「ヴォルフさん、元気かな……」
「名前」

 顔を向ければ、キャプテンが近くに来た。
 キャプテンは元気に動く《スーパーお掃除くん31号》を横目に、

「こいつ、精度高いな。隅まで磨いてやがる」
「でも、あと五分で停止するんですよね」
「もっと動かせばいいだろ。しばらく潜らねえぞ」
「ソーラーシステム組んでるから太陽光が足りなくて」
「今は海上だろうが。太陽も出てる」
「構造上、充電と稼動が同時にできないんです。充電たっぷり六時間で十二時間稼動、待機モードなら三十六時間かな」
「……何でそんなもん作ったんだ」

 そう、この《スーパーお掃除くん31号》は基本的に海中に潜るこの艦で使うには割りに合わない。

 でも、

「次の島か、その次の島で売ろうと思って。一年の保証書付きで」

 私には私なりの計画があった。

「……金が欲しいのか」
「ええと、はい。買いたいものが出来たので」
「……物によっては俺が出すぞ」

 シャチとか貰う端から使ってるから忘れている人もいるけれど、私たちはきちんと毎月それぞれ決まった額を受け取っている。さらに臨時で貰うこともあるし、艦に必要なものなら別で支給もされている。福利厚生、っていうのかな。私たち海賊だけど。

「ありがとうございます。でも、そうじゃないお金で買いたい物なので」
「何を買うんだ」
「んー、それは……」

【お知らせします。活動限界まで残り、5、4、3、2、1――】

《スーパーお掃除くん31号》がゆっくりと機能を停止した。試運転はばっちり。
 ちなみに今流れたアナウンスは録音した私の声だから、ちょっと恥ずかしい。イッカクに頼んで撮り直そうかな。

「じゃ、私はこの子の最終チェックあるので失礼します。あ、艦のメンテナンスはもう終わってますけど気になるところあったら言ってくださいね」

 それじゃ、と歩き始めたら、がしっと肩を掴まれる。死の文字が濃く刻まれた、大きな手は重かった。

「おい、まだ聞いてねえぞ」
「え? さっきの話? まだ引っ張ります?」

 そのタイミングでベポが間延びした声で遠くからキャプテンを呼んだ。
 キャプテンは顔をしかめながらもやっと離れてくれて甲板からいなくなる。

「危なかったんじゃねえの、今の」

 ほっとしていると、声をかけてきたのはシャチだった。

「ほんとだよね。お金のことは言わずに『趣味で作った』とか言えば良かった」
「お前さー、まだ二ヶ月もあるんだぞ? 絶対バレるって」
「えー、まだお金の使い道訊かれるの? 会話これで終わった感じじゃない?」
「キャプテンのしつこさ、わかってねえなあ」

 困った。
 私はただ、再来月にあるキャプテンの誕生日に渡すプレゼントの資金を貯めているだけなのに。

「当日より前にバレるって興醒め甚だしいよね…………そうだ!」
「何が『そうだ』?」
「この五分間の記憶を消す道具を作るよ」
「お前マッドサイエンティストか!?」
「善は急げ!」
「どっちかっつーと悪に急いでるよ!」

 でも、どうしても私の目的をキャプテンに知られるわけにはいかない。

 10月6日まで、どうしても。

 その一心で、私は自室の研究室に飛び込んだ。

 五分後、キャプテンに部屋を押し入られるとも知らずに。


(2020/08/16)


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