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▼ 十五歳の経験不足

 何が悲しくて好きな人が他の女を脱がすための練習台にならなきゃいけないんだろう。
「女の着物の脱がせ方を教えろ」って言われて従う私も私だけども。
 首領から与えられる役目を順調にこなして最近色々な仕事を任されるようになった中也のことだから、ハニートラップ仕掛ける仕事でも頼まれたのかな。好きな子を脱がすための練習台よりその方がまだマシだけどやっぱり複雑。

 そんなことを考えながらため息をつく。

 ポートマフィアにいる和装の女は私以外にもいるのに。紅葉姐さんとか。でも、私に頼みやすい中也の心理は理解出来る。頼られるのは嬉しいけど複雑すぎる心境。

 結局私は落ち込みながら、指示を出す。

「まず、この帯締めをほどいて」

 ポートマフィア本部ビルにだって和室はある。無人のそこで畳の上に座って壁へ背中を預ける私の前に中也が陣取っていた。かなり近いけれど、これからやることを考えたら別におかしくない。
 私の指示に中也は早速手を伸ばしてほどき始めたけれど、簡単にはいかなかった。

「固えな、取れねえ」
「緩かったら、帯が崩れるし」

 帯締めに悪戦苦闘している中也の頭にいつもの帽子はなくて、今はすぐ横に置かれていた。明るい色の髪に、自然と手が伸びる。

「おい、何だよ」
「退屈だから」

 目の前にある髪はふわふわで、さらさらで、それでいてしっかりと芯があって心地いい。

 いいなあ、中也に抱かれる子は。

 いつでも、この髪に触れるんだから。

 どんな子だろう。

 光の中で生きている子かな。

 だとしたら私が太刀打ち出来る筈ない。

「取れたぞ」

 そこでやっと萌葱色の帯締めが外される。それが畳に置かれると、無気力な蛇が寝そべっているみたいに見えた。

「じゃあ、次は帯揚げ。これのこと」

 ふわっと結ってある薄布を指せば、帯締めと違ってあっという間に解かれた。帯揚げと帯枕が一気に畳へ転がる。
 太鼓が崩れ、帯が緩んだところで私は息をつく。

 そのうちに帯が外される。あーれー、と回されることなく、全て解けた。

 着物も緩んで、肌蹴る。

 そこで中也が苛立ったように舌打ちして、襦袢をしっかり押さえている伊達締めを睨む。

「おい、まだあるのかよ、それに全然脱げてねえじゃねえか」
「……あとは順番に解けばいいだけだよ。はい、これでおしまい」

 最初の取っ掛かりさえ攻略出来れば後は流れで何とかなるだろうし、これ以上は流石にどうかと思って、私は腰を上げて着物と帯を手に取る。
 さっさと締め直そうとしていると、

「中也?」

 後ろから、ぎゅうっと抱きしめられた。
 心臓が鷲掴みされたみたいに胸が高鳴って帯を持つ手に力を込めれば、耳元で囁く声がした。

「あと、もう少し」
「……さすがに、それは…… 」

 身じろぎすれば、ごそっと腹部を弄られる感覚があった。
 伊達締めが外されかけて、身体が竦む。

「だ、だめ! だめだってば!」

 抵抗すれば、ずしんと身体が重くなる。耐えられないくらいじゃないし加減されているとはわかるけれど、体勢も悪いからつらい。

「異能禁止!」
「異能は使ってねえ」
「重いよ! 離してっ」
「名前」

 嫌じゃないけど、嫌。
 中也が好きで、抱かれたいけど、そこまで練習台にはなりたくない。
 私はこれ以上惨めになりたくない。

 でも、腕力も異能も中也に勝てない。

 どうしようどうしようと焦って自分の異能力を発動しかけたその時、間が抜けた声がした。

「はいはーい、お邪魔しまーす」

 太宰だった。

 中也が驚いたように顔を上げる。私も驚いたけれど(だって部屋には鍵をかけていたのに)、中也の腕から力が抜けた隙にそこから逃れることに成功した。

「中也のばか! 帽子お洒落野郎! 重力自在男!」

 帯一式を抱えて私は部屋を飛び出した。




「……それほとんど悪口じゃねえだろ……。つーか太宰、手前、何しに来やがった!」
「『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ね』とあるだろう? 江戸の時代からある言葉だ。いっそ実現させて新たな自殺に挑戦しようと思ったのだよ」
「今殺してやろうか」
「――中也。君ね、まず彼女に言わなきゃいけないことあるのわかってる? わかってないよねえ? はー、理解に苦しむけれど別に理解したくないし構わないかー、本当に中也ってば蛞蝓野郎」
「ンだとこの青鯖野郎! 女の帯の解き方教えろって口実を真に受けるヤツはいねェだろ!」
「いたから泣きながら出て行ったんじゃないの、あの子。かーわいそー」
「ぐ……」
「経験がないならないなりに策の立て方があるものだよ? ――さて、私も着物の脱がせ方を彼女にご教示してもらおうかな」
「待て待てお前は駄目だ待て太宰ィ!」


(2020/02/29)


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