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▼ 破れぬ誓い

「準備はいい?」

 真夜中のグリフィンドール寮談話室。私が腕を絡めるために右手を差し出せば、リーマスは戸惑いを見せた。

「本当にやるの?」
「やる。やるったらやるの」

 私が迷いなく声にすれば、彼は困ったように首を傾げる。

「名前がやろうとしているのは『破れぬ誓い』だよ?」

『破れぬ誓い』とはその誓いを破れば死ぬ、単純にして強力な魔法だ。『結び手』と呼ばれる第三者のもとで口頭の約束を交わし、合意することで成立する。
 私たちが誓おうとしていることはただ一つ――『命ある限り、共に生きていくこと』だ。

「『破れぬ誓い』のことはちゃんと勉強したからわかってるよ、リーマス」

 私がそう言っても、相変わらずリーマスは手を握り返してくれない。これでは出来ない。
 その事実に心臓がひやっと冷たくなる。ゴーストの中を通り抜けてしまった時みたいに。
 もしかしたらリーマスは、私と『破れぬ誓い』を結びたくないのかもしれない。現に私は彼を縛り付けようとしている。私自身に。この誓いを破るということは、リーマスが私から離れるということだから。
 でも、でも、長い時間と紆余曲折を経てやっとの思いで付き合い始めた私たちなのだ。まだ日が浅い今ならば、私のことを好きで『破れぬ誓い』を交わしてもいいと考えてくれるはずだと思ったのに。

「リーマス」

 私が促せば、彼はぽつりと言った。

「名前、僕は君に死んでほしくないんだ」

 その言葉を理解するまで少し時間が必要だった。

「ちょっと待った! 何で私が破る前提に!? おかしいでしょ!」
「僕は君が幸せになってくれるなら、他の誰と生きようがそれで構わない」

 その言葉に――

「ふざけるなああああっ!」

 私はリーマスにつかみかかる。

「ばか、ばかばか! リーマスの大馬鹿者っ!」

 叫びながらその薄い胸に拳を叩きつける。何度も、何度も。
 それなのに、リーマスは私の力によろめくことなく立っていた。ああ、やっぱり男の子なんだな。儚くて弱々しいイメージなんて、私が勝手に作り出したものなんだ。

「ふざけないでよ、恋人なんだから『僕のそばにいないなら死んでね』とか、それくらい言ってよ……!」
「名前……」
「ずっと、私と、一緒にいてほしいの。勝手にどこかへ消えたり、独りでいたいからって私のそばからいなくならないで」

 やっと、やっと私の気持ちを受け入れてもらえたのに、もしもリーマスがいなくなったとしたら?
 そんなの考えられない、耐えられない!
 私にとって、そばにリーマスがいないのなら死んでいることと同じことなんだから! ううん、死んでしまった方がずっといい! だから『破れぬ誓い』がしたいと言ったのに!

「お願い、だから……」

 ああ、泣きそうだ。泣きたい。

「じゃあ、『破れぬ誓い』はやめよう」

 リーマスの言葉に視界が潤むのがわかった。

「どうして……?」
「そこまで名前が僕を想ってくれるからだよ。そんなものはいらないと思えるくらいに」

 私が強く掴んでいた腕をそっと外して、リーマスは優しく指と指を絡めてくれた。その感覚に胸が甘く高鳴る。

「魔法で出来ることだからこそ、やってはいけないことも多いんじゃないかな。僕はそう思う」
「リーマス……」
「本当はね、『破れぬ誓い』どころか――もっとすごい魔法をかけたって僕は構わないし嬉しい。つまり闇の魔法だね。僕だけのものにしてしまいたいと思うよ。でも、それはだめだとわかってもいるんだ。――だから僕が名前を信じるように、名前も僕を信じて欲しい」

 私はうつむいて、

「何、それ……」
「だめかな?」

 リーマスの言葉をゆっくりと噛みしめてから、目元をぬぐって私は口を開く。

「じゃあ、お願いだから」
「うん」
「私から、離れないでね。ずっとそばにいて。私は絶対に離さないんだから」
「わかった」
「……約束よ」
「うん、約束しよう」
「……うん」

 これだけで充分だと思えてしまった。私も『破れぬ誓い』なんていらない。今はそう思える。
 ぎゅっとリーマスに抱きつけば、やさしい甘い香りがした。少しだけ医務室と同じ消毒液や包帯のにおいが混じっている、リーマスの匂いだった。




「おーい。お前ら、俺のこと忘れてねえか?」
「あ、シリウス。いたんだ?」
「『破れぬ誓い』には『結び手』が必要だからってお前が呼んだんだろうが!」


(2014/06)
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(企画は終了されました)

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