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▼ ありのままに、お気に召すままに

「あ、あれ? 上がらな……」

 かれこれ十分、シンプルなドレスのファスナーに悪戦苦闘していた。
 どれだけ試行錯誤しても、ファスナーは背中の途中からどうしても上がらない。

「えいっ、えいっ……!」

 丁寧に扱うべきドレスを気遣うことなく無理矢理上げようとしても、全く云うことを聞いてくれなかった。

「どうしよう、そろそろ待ち合わせの時間なのに……」

 困っていると、中也が帰って来た。珍しく早い時間帯に驚きながら、顔を向ける。

「おかえり、中也」
「おう、ただいま。――手前、どこへ行くんだ」
「最近保護フロント化した企業が新しく事業始めるとかで、その夜会に。ごめん、ファスナー上げてもらっていい?」

 もう力技で解決しようと背中を向けて頼みながら、説明を続ける。

「付き添いは広津さんに頼んで――あ、あの、逆! 中也、逆だから! 上げて!」

 ファスナーを下ろされて、ずり落ちるドレスを慌てて胸元で押さえる。

「中也、下げるんじゃなくて上げ――ひゃ……!」

 するりと指先でむき出しの背中をなぞられて、くすぐったい。いつの間にか中也の手袋は外されていた。

「手前、このドレスもう入らねえぞ」
「え、そんなはずは……最後に着たのは数ヶ月前だけど……」

 もしかして、太った? 最近実働業務よりも書類仕事の方が多いのに甘いものばかり食べてるから? 決め手は樋口ちゃんと先週行ったハイクラスホテルのスイーツバイキング? あの時は限界に挑戦した自覚がある。他にも身に覚えしかない。コンビニスイーツの新作を全種類一つずつ買い占めたりとか。

 自業自得ながら落ち込んでいると、中也がまだ私の肌を触っていた。人の気も知らないで。
 むっとして視線を向ければ、中也は何か嬉しいことがあったのかと云いたくなるような笑みを浮かべていた。

「……何? 太ったって云いたいの?」
「否、ウエストは入ってるし気にするなよ」

 そうなると、胸周りと背中の肉が問題なのか。解せない。

「成長期終わってから今まで大して変わらなかったのに……」
「俺だろ、原因」
「……ええと、揉んだら大きくなる云々ってこと? それって迷信でしょ? だから違うよ。私の食べすぎだよ」
「だーから俺だって」
「じゃあ確かめよう。しばらく私の胸に触らないで。揉んで大きくなった胸はしばらくしたら元に戻るらしいし」
「は!? 戻る!? どういうことだそれ! つーかそんなもん却下だ却下!」

 大きな声に耳を塞いでいると、腰のリボンが解かれる。

「あ、自分で脱ぐから――」
「とりあえず新しいドレス見に行くぞ。この時間ならまだ店開いてるし、夜会は少し遅れてもいいだろ。購ってやるからそれ着て行けばいい」

 うきうきと話す中也は楽しそうに言葉を続ける。

「なあ、ドレスは俺が選んでいいか?」
「え?」
「否、靴や装飾品も選びたい」
「ええと……」
「嫌か?」

 慌てて首を振る。中也はお洒落だし、私に似合うものを選んでくれることはわかってる。

「でも、どうして……?」

 訊ねれば、不意に中也の顔が近づく。
 ちゅ、と音を立てて唇と唇、舌と舌が触れ合った。煙草の苦味を感じて、いつの間にかこの味の虜になっている自分に気づいて顔が熱くなるのがわかった。

「――ありのままの手前が好きだし、俺好みになる手前も好きだってことだ」

 そんな風に云われたら、顔がますます熱くなって困っていると、

「下着も合わなくなってたんじゃねえか? そっちも新調しねえとな」
「そ、それくらいは自分で購うよ」
「遠慮すんなって」
「ええと……デザインとかだけじゃなくて、機能性も大事だし……」
「じゃあ一緒に選ぶか。色んな種類あれば良いし。金は俺が出すからな」
「いいよそこまでしなくても。恥ずかしいし、そんなに購ってもらってばかりじゃ悪いし」
「俺の所為だし気にすんな」

 本当に『中也の所為』なのか疑わしいのに、中也は嬉しそうにしているから、別に何でもいいかと思うことにした。


(2019/05/14)


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