▼ MENTAL TOUGHNESS.
どれだけ時間が経っただろう。
息が苦しくなるくらいに抱きしめられて、ずっと身動きが取れない。だから時計が見られない。
「ごめんね、零くん」
何度私が話しかけても零くんは離してくれない。何も言ってくれない。
「本当に、ごめんね」
こうして謝っているけど、私は私が100%悪いとは思ってない。
だって、悪い人はいつも、どこにでもいる。
それがこの世界の『普通』だから。
強盗、泥棒、誘拐、傷害、殺人、エトセトラ。
どれも未遂だったり解決してもらったりした事件とはいえ、危ない目に遭った回数は両手じゃ足りない。
巻き込まれる私も悪いかもしれないけれど、何か付け込まれる要因があるのかもしれないけど。
でも、100%私だけが悪いなんてことは絶対ない。
世界が普通じゃないんだよ。悪が蔓延りすぎている。
それでも私は謝ることにしている。
「ごめんなさい」
心配かけて、ごめんね。
強くて誰にも負けない零くんが、子供みたいに幼く弱々しくなってしまう。
私なんかのせいで。
そのことが、心苦しい。
「私、もう零くんの近くにいない方がいいと思う」
「ふざけるな」
「怖い声出さないで、零くん」
ため息をついて、零くんの身体に顔をすり寄せる。離してもらえないのなら、むしろ堪能しようと思った。
「護身術教えてもらおうかな、昴さんに」
「僕が教える。そもそも護身術を使う状況になる前に逃げることを優先するべきだ。重要なのは――」
「零くん忙しいでしょ? ほら、そろそろポアロの時間。今日は梓さんいないから忙しいし、遅れられないよ」
「……わかってる。でも、あの男には関わるな」
「はいはい」
「『はい』は一回だ」
「はーい」
渋々解放された。やっと自由だ。
軽く腕を回しながら、通常運転に戻って出かける準備を始めた零くんの背中を眺める。
「私も零くんみたいに強くなれならいいのに」
すると零くんは小さく笑う。
「お前はもう強いよ」
(2019/12/08)