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▼ Work in the mind to die.

 一人で使っている事務所への来客を告げるチャイムが鳴って、戸惑う。普段の業務は基本的にメール、たまに電話くらいなのに。だから組織の人と顔を合わせることなんて滅多にない。

 扉を開ければ、褐色肌に明るい色の髪をした男の人がいた。歳は同じくらいかな? 物凄くかっこいい。服もお洒落。

「初めまして、バーボンと申します」

 驚いた。コードネームを持つ組織の幹部と顔を合わせることなんて、数えるくらいしかない。一体何の用だろう。

「こんにちは。苗字名前です」

 バーボン、なんてコードネームの人いたかなと思っていると、最近ボスから与えられたらしい。なるほど。

「何かご用ですか?」
「情報屋として籍を置いているので、それを集めるに越したことはないのですよ」

 容姿を武器にハニートラップとかで情報を仕入れてそうなのに、わざわざこんな所まで律儀に足を運ぶだなんて意外だなと思いながら、

「……残念ながらそんな大した情報はありませんよ。ここを中心に動いている案件もありませんし」
「苗字さんはこちらで何をされているんです?」

 数秒考えて、立ち話もどうかと思って事務所の中へ案内する。狭い場所だけれど来客用の机と椅子くらいはある。まあ、広い作業机と兼用だけれど。
 お茶を淹れてからバーボンさんの質問に答えることにした。

「組織の方が利用する施設や機関の候補提案、手続きやその手配、それぞれの『仕事』に必要な道具や機材の調達に準備、日時調整とか……一般人と接する場面に立つことが多いですね。あとは経理作業のお手伝い。基本的には入力作業です。地味な仕事ですけれど、毎日それなりに指示や依頼は下りてくるのでやることは多いですよ」

 お忙しいところすみません、とバーボンさんが眉を下げて笑う。
 いえいえ、と私は軽く手を振った。

「あなたのような役割と果たす人間が組織には必要だとわかります。――それにしても、不思議です。あなたはなぜ『ここ』で働いているんです?」

 何が言いたいのかはよくわかった。組織で働くには私があまりにも一般人すぎるからだと思う。

「それは……」

 私は一呼吸置いてから答える。

「あの方――ボスの紹介で」
「!?」

 声もなく、物凄く驚いた顔をされた。前にウォッカさんと同じ話をした時も同じような反応をされたっけ。

 私は曖昧に笑いながら、

「正確には、ボスの知人の親戚の隣の家で暮らしていた方の友人が父でして、あ、父は数年前に母と一緒の事故で亡くなっているんですけれど、葬儀が終わって少ししてからボスの代理人の方が『良ければ私の下で働かないか』と打診してくださって」

 だからボスの顔も名前も何も私は知らない。

「私が大学を卒業した年は新卒就職率70パーセントの時代だったんですけれど、見事に落ちこぼれ30パーセントの仲間入りをしていたので働き口が見つかって助かりました」
「……今は売り手市場だそうですね」
「凄いですよね、新卒の就職率90パーセント越えでしたっけ? 私の新卒採用時からそんなに何年も経ってないのに」
「転職を考えたりはされないのですか? あなたのような人材を、世の中は求めていると思いますが」

 何の話をしているんだろう私たち、と思いながらも私は答えることにする。

「いらないと切り離しておいて都合が悪くなれば手のひら返して求めてくるような世の中なんてどうでもいいですね。ここで働く方が良いです。給料はコードネームをお持ちの皆さんにはとても及びませんが年齢相応にもらえますし、馬鹿みたいに高い社会保険料とか所得税が天引きされませんし。これがあるのとないので全然違いますからね。提示された給料イコール手取りは良いものです。え、勤労の義務と納税の義務? 私、新卒の頃300社受けても採用されなかったんですから、この国は私に働く必要を求めてないと思いますよ」

 一気に話すと喉が渇いた。お茶に口を付けて一息入れていると、

「――いつか、組織に切り捨てられる可能性を考えたことはありますか」

 不思議な口調だった。静かで、神妙。
 綺麗な色合いの瞳から向けられるその眼差しを見つめ返しながら、私は口を開く。

「仮に組織から排除されたとしても、かつて一度助けてもらっただけで充分です。何度も助けてもらおうなんて思ってません。あの時に声をかけてもらえなければ、私はお金も家もなくて野垂れ死んでいたと思うので」

 何もしない、助けてくれない善人よりも助けてくれる悪人に私は尽くしたい。

「組織の壊滅、或いは組織がこの国の正義に裁かれる日が来たら?」

 バーボンさん、凄いこと言うなあ。これ、過激発言じゃない? 私は気にしないし誰にも言わないけど。

「その時はその時ですね。死刑になったら受け入れます。――人間がいつ死ぬのかは善良に普通に生きていてもわからないじゃないですか。明日に地震が来て圧死するかもしれないし、今夜酔っ払いに車で跳ね飛ばされるかもしれないし」

 この生き方に迷いはない。

 だからこれからもしっかり働きますと伝えて、私は仕事に戻ることにした。




 ――月日が流れ、組織壊滅後。

「ええと……」
「…………」
「私、死刑になります?」
「ならない。だが前科不問の部署で死ぬ気で働いてもらう」
「それってお給料は……」
「出る」
「ありがとうございます。……ところで、何か天引きされますか?」
「当然徴収される。健康保険料、厚生年金保険料、源泉所得税、あとは――」
「ぐぬう……。税金で何回も廃車にしてるRX-7を乗り回してる人に言われたくない……」

 スーツをびしっと着ている元バーボンさんに睨まれたけれど、私、間違ったこと言ってないよね?

 とりあえず咳払いして、気になることを訊ねることにした。

「どうして私みたいな超普通スキルの人間を雇ってくださるんです?」
「――あの組織の面々へ物怖じすることなく『当たり前に』あらゆる業務を処理していた。切迫した状況に陥り苛立つ彼らであろうと、迅速かつ適切にな。その点を評価しただけだ」
「…………」

 取るに足りない自分の行動を評価してもらえることに驚いてから、嬉しくなる。

 だから、決めた。

「――『これから』はあなたのことを何とお呼びすればいいですか?」

 ねえ、ボス。会ったことも、話したこともない人。私を雇ってくださったご恩は忘れません。
 これからは、この人の下で頑張ろうと思います。


(2019/04/27)


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