▼ 辛い
今日はカレーをご馳走してもらうことになった。しかも名前さんの手作りらしい。
誘われたのは僕だけではなかったけれど、国木田さんや谷崎さん、乱歩さんはすぐに辞退していた。
どうしてだろう。名前さんの料理は美味しいのに。
僕が首を傾げていると「カレーは別だ」と国木田さんは呟いていた。なぜか物凄く汗をかいている。
カレーって、割と作りやすい部類の料理じゃなかったっけ?
そんな風に考えながら、名前さんの部屋へ招かれる。
「やあ、敦君」
中へ入れば太宰さんがいた。探偵社中に声をかけて、集まったのは僕たちだけらしい。
可愛らしいエプロンを身につけた名前さんが、ぱたぱたと台所から出て来た。
「はい、どうぞ召し上がれー!」
目の前へ、大皿たっぷりのカレーが置かれた。煮込まれた野菜に、牛スジが入っているのが見えた。漂うスパイスの香りに唾がわく。ぐう、とお腹が鳴った。
「ありがとうございます、いただきます!」
両手を合わせて、早速スプーンを手に取る。
一口、口に運んで――目の前が真っ赤になった。
「!!!!!」
辛い。
物凄く、辛い。
舌の感覚がおかしい。
痺れて何も感じない。
それぐらいに、辛い。
これはカレーなのか?
それとも僕の味覚がおかしくなった?
今日の誘いに探偵社ほとんどが来なかった理由をやっと理解しながら水をごくごく飲む。
前を見れば、太宰さんも汗をかきながら水へ手を伸ばしていた。
名前さんも、物凄い汗だ。いや、違う。あれは――涙?
「だ、大丈夫ですか!」
慌てて声をかけると、ぼろぼろと泣きながら名前さんは涙を拭った。
「辛い……」
そう呟きながら、また一口食べていた。
おろおろ戸惑っているのは僕だけで、太宰さんは普段と変わらない様子で、ただ名前さんのコップへ水を注いであげていた。
「敦くん、完食してたね」
「彼はそういう人間だよ」
「……太宰も、毎月、ありがとう」
「うん? 私にお礼がしたいなら――」
「それは無理」
「私まだ何も言ってないよー」
ねえ、織田作。
わたし、今でも、辛いよ。
あなたがいない、この世界に生きること。
それでも――
「それにしても君、割と何でも作れるのにカレーだけはどうしてこんなに破茶滅茶な出来になるんだい?」
「……『あの味』を超えるために、頑張ってるんだよ」
いつかまたあなたに会えた時のために、生き続けたいと思うよ。
(2018/03/15)