Novel
幾千幾万幾億の昼と夜を経て

『どれも素敵で選べないわ。ケニー、どれがあたしに似合う?』
『全部似合ってねえよ。それ以前にお前、どれもこれも白い服じゃねえか』
『それがどうしたの?』
『知り合いの結婚式に白を着ていくヤツはいねえだろ』
『でも、白だとカルラとお揃いになれるし』
『その前提がおかしいだろうが。結婚式に白を着るのは花嫁とその旦那だけだ』
『くだらない常識ね。まあ、常識だからくだらないのは当然だけど』
『……ほら。こっちの色の方がまだマシだ。少しは似合う』
『そう? じゃあそっちにしようかしら。――それにしても楽しみだわ』
『何が』
『カルラに懸想していた馬鹿で愚かで自分に対する期待だけが一人前の男がいるんだけど、そいつがどんな顔であの子の式に来るのかとっても楽しみ』
『……お前、悪魔みてえな女だな』
『悪魔? 面白いことを言うわね、あたしはどちらかと言えば――』
『さっさと選べよ。人がせっかくの休日を過ごしてたら引っ張り出しやがって、クソが』
『綺麗なだけの女がいる店でお酒飲んでただけでしょ?』
『いい加減帰るぞ』
『優しいわね、ケニー。あたしの身体を気遣ってくれるなんて』
『違えよ』
『いいじゃない。一日中こうして過ごしましょうよ』
『お断りだ』
『あら残念。ケニーとなら昼も夜も一緒に居たいのに』

 そこで目を覚ました。その瞬間、自分がたった今まで眠っていたことに気づいた。

「随分とよく寝ていたな、ケニー」

 隣にいたウーリが本を閉じる。そこで眠る前の記憶を引っ張り出す。そうだ、俺はこいつを待っていたんだ。

「……起こせよ、誰のせいだと思ってやがる」

 寝起きのせいか、声が掠れていた。

「お前がいつまで経っても来ねえから待ちくたびれちまったんだろうが」
「それは悪かった。ロッドとの話が長引いたんだ。――ところで、何かいい夢でも見ていたのか?」
「…………いや、ただの悪夢だ」

 欠伸を一つこぼしてから言葉を続ける。

「――妙な夢だったぜ。昔に死んだ女が出て来たかと思ったら生きてた頃みてえに俺をこき使いやがって、あいつが言いそうなことばかり言ってやがった」

 するとウーリがなぜか薄く笑った。

「何だよ。気味が悪いだろうが」
「いや、彼女はお前の中で生きているんだと感じただけだ」
「やめてくれ、冗談じゃねえ」

 唇を曲げながら帽子を頭へ乗せて、そこで気になったことを訊いてやることにした。

「なあ、お前みてえなバケモンでも夢は見るのか?」
「今となっては主に記憶だ。――いつかの、誰かの記憶」

 夢は記憶によって形成されるとウーリが話す。

「お前が見た夢が現実に起こらなかった幻想だとしても、その土台は彼女に関する記憶だ」
「あの女の呪いみてえだな、胸クソ悪い」
「死者が生者に干渉することは出来ない。――彼女の場合は死んでからが本領発揮とはいえ、だ」
「は?」

 いつにも増してこいつの言っていることがわからねえ。

「ウーリ、『死んでから』ってのはどういう意味だ」
「私はこれから、私の跡を継ぐ者たちの記憶の中で生き続ける。私の中にこれまで生きた者たちの記憶があるように。だが……記憶以外の死の行方は、肉体の喪失と同様に失われるだけなのだろうか? 死の向こう側にはこの世界とは異なる世界へ続いているのか、再びこの世界へ生まれて来るだけなのか――ただ、虚無へ至ることになるのか」
「一言で説明しろよ、『わからねえ』って」

 舌打ちして帽子を被り直す。

「何だよ、死んだ後のことなら俺の方がわかってるじゃねえか」
「そうなのか?」
「ああ、例えば俺は地獄行きってことだ」




 王都へ入ってから馬車を降りた。ここからは付き人も護衛もいねえ、俺たち二人だけだ。俺がその役割を兼ねていることになってやがるからウーリがこうして出歩けるんだがな。
 そのうち目的地に着く。王都の片隅にある小さな店だ。
 ウーリは読み書きを教えたいヤツがいるだとかで薄暗い店でガキくせえ絵のついた本を一冊ずつ検分していた。王様なんだから店ごと買えばいいじゃねえか。そう言ってやっても目を細めるだけだった。そして最終的に選んだたった一冊だけ買っていた。

 店を出て、

「ったく、冗談じゃねえよ。せっかくの休暇を王様のお忍びに付き合わされるなんざ、さっさと帰りてえもんだ」
「――私は、お前となら昼も夜も居て構わないと思うが」

 その言葉に足が止まる。

『ケニーとなら昼も夜も一緒に居たいのに』

 昼と夜。意味はわかるはずなのに、妙に引っかかる。昼と夜は昼と夜だろ。普通はそうだ。それだけだ。だから意味があるように話される意味がわからねえ。それをこうしてまた耳にするとは思わなかった。

「……どういう意味だ、それ」

 訊ねただけでウーリは俺の真意を見抜いたらしい。

「『昼と夜』とは『永遠』のことだ」

 永遠?

「…………何だ、そりゃあ」
「昔話だよ。かつて、そんなやり取りをした存在がいた」

 永遠。そんな途方もねえことは考えたこともねえ。

 一日一日、目の前にある毎日を生きるのに精一杯なんだから当然だろ。

 だが、ウーリも、あいつも――当たり前にそんなことを口にしやがる。

 嫌でもこいつらとの世界の隔たりを痛感する。見ている景色が違う。

「…………」

 焦燥と憧憬に目が眩みそうになって、悔しさと歯痒さを押し殺す。

「――わけがわからねえよ、つーか冗談じゃねえ。永遠なんざ、てめえらに付き合ってられるか」

 吐き捨てるようにそう言えば、

「それは残念だ」

 ウーリが表情を変えることなく淡々とそう口にして、本の入った袋を抱え直した。たった一冊、片手で持てるはずのそれをわざわざ両手で抱えて、よほど大事そうに。

 ロッドにまたガキが生まれたらしいが、そいつ用か? それとも――

「……永遠でなければ」
「は?」

 ウーリが言った。

「永遠でなければ、どれくらいの時間を彼女や私はお前と居ることが許されるだろう」

 言葉の意味を理解するまでのほんの一瞬、吹き抜けた突風に帽子が飛んだ。咄嗟に手で押さえるより速かった。

「クソ!」

 追いかけて走り出せば、

『ケニー』

 あの女の声が聞こえた気がした。もう、この世界のどこにいても会えない女の声。

 もうすぐウーリとも、会うことはなくなるんだろう。

 それなのに、お前らは――

「何言ってやがる、先に居なくなっちまうのはお前らの方だろうが。勝手なこと言ってんじゃねえよ」

 追いついてやる、絶対に。

 俺みてえなクソ野郎でも、お前たちのいる場所へ。そこで対等な景色を見てやる。

 たとえその場所へたどり着くまで、どれだけの昼と夜を越えることになったとしても。


【上】(2017/06/16)
【下】(2017/07/18)
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