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喧嘩するほど夫婦は仲が良い【中】

「おかえりなさい」とリーベさんが兵長の紅茶を淹れる用意を始める。喧嘩しててもこの辺りは変わらないんだなあとぼんやり眺めていると、兵長が空いている椅子に腰を下ろした。そして、

「俺が『後』に入る」

 部屋の外で聞いてたのか!?
 そもそも今その話する!?

 リーベさんは黙ってあたためた紅茶のカップを綺麗な布巾で拭うだけだった。

 兵長は何でこんなに頑ななんだ?

 掃除への情熱はわかるけど、知ってるけど、リーベさんのお願いを却下するほど?

 そもそもこの喧嘩の原因って掃除がしたいからで合ってるのか?

 アルミンが言葉を探している隣で俺に名案が浮かんだ。

「それじゃあ、一緒に風呂に入れば良いんじゃねえですか? そしたら掃除も一緒に出来るし――」

 すると俺は『名案だ!』って明るくなった顔と『こいつ何言ってんだ?』って呆れた顔を向けられた。ちなみに前者が兵長で後者がリーベさんだ。それぞれ普段と表情が逆だったから、夫婦になるってこういうことかと感じた。

「何で?」

 心底意味がわからないといった様子のリーベさん。

「その、何つーか……家族で風呂って、まあ、普通ですし……」
「……そうなの……?」

 あー、リーベさんって兵士として入団する前は貴族の家にいたけど孤児の使用人育ちだったっけ。

「ジャン? 本当に? そうなの?」
「まあ……ガキの頃の話……ですけど」
「じゃあ今の私たちには該当しないよね」

 もう大人だよ、とリーベさんがため息をつく。

「それに、一応専用の浴室あるとはいえ狭いし」

 兵長もリーベさんも小柄だからそれは問題ないと思いますけどね、とは言わないでおくことにした。

 するとそれまで黙って書類に訂正にペンを動かし続けていたコニーが口を開く。

「兵長もリーベさんも小せえからそれは問題ないんじゃねえですか?」
「コニィィィィィ!!!!!」

 お前は発言する前に考えろ!

 あとその書類訂正箇所ばっかだからいっそ書き直せ!

「だとしても、うーん……目隠ししてくれるなら、まあ……」
「目隠しで風呂……!?」

 リーベさんの謎の譲歩に俺は反射的に声を上げてしまった。

「このエロガッパ、何考えてるんですかね」

 サシャがいつの間にかリーベさんの鍋の前にいてメシの味見を食いながら言った。はっきり言って味見の量じゃねえ。がっつり食いすぎだ。あと俺は別に変なこと想像してねえからな、絶対。だから兵長は俺を睨まないでほしい。

 リーベさんは考え込むように眉を寄せる。

「んー、よく考えたら目隠しは普通に危ないから却下だね……」
「ですね! とはいえ、その、家族の形もそれぞれ、夫婦の形もそれぞれ、つまり周りが口出しすることではないと思うので……」

 二人で話し合って下さい、と俺はまとめた。結局スタート地点に話が戻った。

 それからコニーもやっと書類の修正を終えてアルミンがそれを回収し、俺たちはサシャを引っ張って二人が暮らす兵舎を出た。

 だからまあ、俺たちは知らないんだ。

 あの夫婦が相変わらず風呂の順番で揉めてるのか、それともリーベさんと兵長で一緒に入っているのか。


(2022/12/03)
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