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喧嘩するほど夫婦は仲が良い【上】

「ジャンの分も用意しておけば良かったね、ごめんね」
「いえ、俺のことは気にしなくても……」

 サシャとコニーが食べさせてもらったおやつは紅茶プリンだったらしい。申し訳なさそうに目を伏せるリーベさんの手前、遠慮したけど俺も食いたかったな。
 だが、果たしてそれが食っても良いものだったかは甚だ疑問だ。
 なぜならそのプリンに使用されたのは『兵長の茶葉を勝手に使ったもの』だったらしい。

 リーベさんは何でそんな恐ろしいものを作ったんだろうな。

「で? お二人は何で喧嘩してるんです?」

 誰かが聞かなきゃならねえ空気だったから、俺が聞いた。

 それまではサシャとコニーがぐうたらする中で二人の作った書類を持って来たアルミンが内容の不備を指摘しつつ、リーベさんは使った食器を洗い、俺が布巾で拭く流れを繰り返しているだけだったが一段落ついたし。

 書類を修正し始めたサシャたちにペンとインクを貸して、リーベさんは一度ため息をついてから教えてくれた。

「どっちが先にお風呂入るか」
「…………」

 は?

 何だそりゃ?

 兵長とリーベさんが暮らすのは夫婦用の兵舎で、狭いが浴室があった。小さいながら台所も完備されているし、俺たちの兵舎とは全然違う。

 その風呂が原因でこの夫婦、喧嘩してるのか? そんなことで?

 何か、意外だな。リーベさんは『先』を譲りそうなのに。

 俺と同じことを考えているのがアルミンの目線でわかった。とりあえず黙っていることにして、リーベさんの話の続きに耳を傾ける。

「私は『後』に入りたいの」

 やっぱりそうですよね、と言いたくなるくらいに想像通りだ。

「なのにあの人、『俺も後が良い』って。後で入ったら、そのついでに掃除ができるから。私だって掃除したいのに」

 えー。

 それが喧嘩の原因?

「…………」

 くだらねえ、とは言っちゃ駄目だよな。

 兵長もリーベさんも、掃除することに関してめちゃくちゃ重視して大事にしてるし。

 役割を押し付け合うんじゃなくて奪い合うあたり、この夫婦らしいなって思う。

 リーベさんがまたため息をついて、俺たちを見る。

「ねえ、どうすればいいと思う?」
「…………え!?」

 相談!? 俺たちに!?
 俺たちに夫婦喧嘩の相談って――いや、現状を考えると無理ないか。リーベさんが立場を気兼ねなく接することができる人は少なくなった。ハンジさんが最も適任だと思うがあの人は調査兵団団長として俺たち以上に忙しいし。

「俺は……どちらの考えも間違ってないと思います」
「ルールを決めるのはどうですか。先に入るか後に入るか『日替わりで交互にする』とか」

 曖昧なことしか言えなかった俺と違ってアルミンが具体例を提案する。

 だがリーベさんは浮かない顔だった。

「私はずっと家にいて、あの人は訓練も兵団の業務もあるでしょ。だから家仕事はせめて私がしたい」

 リーベさんはまだ身体が本調子ではないから、の理由で兵団の業務も訓練も復帰していない現状だった。本人は復帰を希望していても、絶対に無理をさせたくない人がそれを止めている。兵長だ。

 リーベさんがうなだれる。

「どうして任せてもらえないんだろう……もしかして、私のお風呂掃除が下手だから……?」
「それは有り得ません!」

 その場にいる全員で即答していると、がちゃりと扉の開く音がした。

「お前ら、俺の家でうるせえぞ」

 兵長の帰還だった。


(2022/11/22)
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