Novel
終末に向かう子供たちの午後

 午後三時五分前。

「サシャ、この書類――」
「後でやりまーす」

 ジャンの脇をするりと抜けて、サシャが廊下へ飛び出した。後ろから怒号が飛んできても気にする様子はない。

「コニー、昨日の打ち合わせした件だけど」
「悪い、それ三十分後な」

 俺もアルミンに手を合わせてサシャの後を追う。

 アルミンは時計を確認してから苦笑して見送ってくれた。

 俺はサシャの隣に並んで、

「おい、廊下走るなってまた言われるぞ」
「じゃあこれはどうですか、コニー?」
「――頭いいなサシャ!」
「えっへへー!」

 二人並んでスキップで廊下を進んで、リーベさんの部屋のドアを開けた。

「こんにちはー!」
「お邪魔しまーす!」

 リーベさんのおやつタイム。昼休憩の時間を削って作ったこの時間になれば、それまでの疲れを忘れるくらいに俺もサシャも毎日楽しみだった。

 今日は何だろうな。昨日は卵と砂糖と牛乳に浸したパンをふわっと焼いたヤツで、すっげえうまかった。

「リーベさーん! 今日のおやつ、何ですかー!」

 嬉々としてサシャが訊ねれば、リーベさんが答える。

「兵長の茶葉を内緒で使って作った紅茶プリン」

 恐ろしいメニューだった。

「それ食べて大丈夫ですか!?」

 机の上には紅茶色のプリンが確かにある。
 器は普通の紅茶用カップを代用したらしい。食器はこだわり始めたらキリがないから最低限にしていると前にリーベさんが話していたことを思い出したけど、今はそれどころじゃない。

 俺とサシャがどうしたもんか迷って立ち尽くしていると、リーベさんがエプロンを外して椅子に座る。

「食べないなら私一人で食べるよ」
「た、食べます……!」

 素早く着席したサシャが、意を決したようにカップとスプーンを手に取る。

「いただきますっ」

 意気込んでぱくっと食べた次の瞬間――心も身体もとろけたみたいな顔つきになる。

「――すごい、これ、プリンだけどプリンじゃないです!」
「プリンだよ?」
「そうですけど、中にどっさり果物とスポンジが! おーいしーい……!」

 サシャがどんどん食い始めるから俺の分まで食われそうで、俺も腹を決めた。

「お、俺も食います! いただきます!」

 席についてスプーンを握って、プリンを口へ運んだ。

 瞬間、自分の顔がとろけたのがわかった。

「っ、くうううぅぅ……!」

 サシャが言ってた意味がわかった。これはただの紅茶プリンじゃない。中に詰まっている果物は甘いのにすっきりしていて、スポンジはしっとり水分を含んでいるから食べ応えが物凄くある。うまい。とにかくうまい。
 もっと食べたい。どんどん食べたい――でも、食べたらなくなってしまうから。

 だからせめて、ゆっくり味わって、食べる。
 味を、風味を、独り占めするみたいに。

 こんなにうまいものが食べられるなら兵長に怒られてもいいと思う。

「で、どうして兵長の茶葉を勝手に使ったんです? ケンカしてるんですか?」
「……まあね」

 そう答えたリーベさんの表情は静かだった。

 深く聞かねえ方が良さそう。

 珍しいな、この二人がケンカなんて。

 ん、そんなことないか?

 リーベさんの新兵時代に一度、リーベさんが憲兵団へ転属する時に一度、それから今回。
 俺が知ってる二人のケンカはそれくらい。
 どちらもハンジさんに教えてもらったけど、一度目は兵長が大人気ないなあと思って、二度目はリーベさんが頑固だったんだなあと感じた。
 今回は何があったかは知らねえけど、別に知りたいとは思わない。今、このプリンのうまさに比べたら、何もかもが小さいことだと思う。しっかり味わうことが俺の役割だと思うから。

 それにほら、ケンカするほど仲が良いんだろ?
 悪いことばっかじゃねえよ、ケンカも。多分。

「おいひぃ……」
「んまい……」

 リーベさんが兵団復帰するまであと少し。

 もう少しだけ、この時間が続くことが嬉しくて。
 あと少しで、この時間が終わることが寂しくて。

「ごちそうさまでした!」

 手と手を合わせて、俺たちは息をつく。

 頭がぐぐっと冴えるのがわかる。
 延々走れるくらい力がみなぎる。

 おやつは偉大だ。

「また食べさせてくださいね!」
「俺もお願いします!」

 そんな約束を無邪気に交わす程度に、この頃の俺たちはまだ子供だった。

「うん、たくさん作るね」

 リーベさんの優しい笑顔に、ずっと甘えていたから。

(2020/07/05)
ありがとうUNIVERSAL COOL JAPAN2020
-兵長の茶葉を内緒で使って作ったプリン-
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