849年の愛しい日常
ある日、技巧班がすごいものを作った。女性用の新しい戦闘服だ。
「布地の伸縮性や特性を徹底的に生かし、重力と慣性の法則を完璧に計算して作られた『鉄壁スカート』! この短さにもかかわらず『見えそうで見えない』男のロマンがここにある!」
憲兵団ではすでに『女性兵士がスカートを着用すれば男性兵士の士気が上がる』という効果が立証されたらしく、ならば駐屯兵団もとピクシス司令の許可が下りた。
「着て下さいよ! リコ班長以上に似合う女はこの世にいません! 二種類あります! タイトスカートとプリーツスカート! どっちも捨てがたいから両方――」
「誰が着るか馬鹿! そんなもの着てたら立体機動の訓練も出来ないだろうが。そもそも技巧班は一体何を考えているんだ。憲兵団もどうかしているよ」
俺は諦めきれずにしつこくスカートを両手に訓練の合間や食事中、縋るように一日中追いかければ、
「しつこい! いい加減にしろ!」
リコ班長のブーツの底が俺の顔面にめり込んだ。
ある日、変わった催し物が行われた。その名も『駐屯兵VS調査兵』だ。キャッチコピーは『腕に覚えのあるものは出場せよ。参加は任意』である。ルールは相手が負傷または降参、戦闘不能となれば問答無用で終了。トーナメント方式で勝ち進んだ者が優勝だ。
そりゃあ壁外での実戦がある調査兵団は強いだろう。でも、だからと言って駐屯兵団が弱い理由にはならない。
それでも俺は三回戦で負けた。が、自分の敗北よりショックなことがあった。
「だあああああ! 俺と試合時間が重なった時から嫌な予感はしてたんですよ! まさかリコ班長が負けるなんてえええええ!」
「引き分けで両者敗退だ。ほとんど同時に負傷したんだよ」
リコ班長が臨んだ第三回戦第五試合は双方のかすり傷で決着となったらしい。審判だったピクシス司令の動体視力すげえ。
「うー……」
かすり傷でも負傷は負傷だ。司令は間違っていない。こんなことで死んだり重傷を負うのはどうかしてるしな。うん、それはわかる。
が、それでもリコ班長の右手に走るうっすらとした傷が俺を苛む。
「誰が麗しいリコ班長に傷を付けたんですか!? 許せん、その男には俺がきっちり責任を取らせます! あ、もちろん結婚とかそんなんじゃないですよリコ班長に花嫁衣装を着せるのは俺なんで」
「落ち着けハイス、リコの相手は男じゃなかったぞ」
リコ班長の試合を観覧していたハンネス隊長の言葉に俺はつんのめる。
「むむ! しかし女でもきっちり落とし前は――」
「そうかそうか。ハイス、それなら調査兵団に殴り込むなり何なりとすれば良い。ただしもう二度と私の前に立つな。近寄るな。傍迷惑なヤツは私の班に必要ない」
「どこにも行きません! ずっとリコ班長のそばにいます! あ、そうだ、ちょうど良い時間ですしお茶淹れますねー!」
スキップしながら部屋を出ると声だけが追いかけて来た。
「ハンネス隊長の分も忘れるなよ」
「お、悪いな」
「合点承知です!」
ちなみに俺は誰と対戦して負けたのかって?
調査兵団所属のエルド・ジンだ。多くは語るまい。
ある日の休息時間、一冊の本が回って来た。壁の中における男たちのバイブルのひとつである『月刊カンノウ』だ。
「おい、赤毛のハイス! 今月号の特集は『過去の男を忘れられない女への口説き方&夜のテクニック』だってよ。ほらほらあ、お前ちゃんと読んどかねえと。リコ班長にも色々と『ご経験』があるだろうしなあ?」
すると別の野郎がそばへ来て、
「げー、オレそのタイプの女キライ。他に男を知ってる時点で面倒臭えじゃん、やっぱり。ハイスもそう思わねえ?」
出身訓練兵団の異なる同期たちの言葉に俺は鼻を鳴らす。
「別に俺、処女信仰とか持ってるわけじゃねえし。リコ班長が惚れて身体まで委ねたくらいの男ならむしろ見習うべきかもしれんと思うな」
「お、じゃあもし班長が経験ナシの純真無垢なら?」
さらに別のヤツが口を挟んできた。一冊の本で広がる輪、さすが『月刊カンノウ』だな。
「その時は俺がしっかりリードするまでだ!」
「楽しそうだなお前たち」
がたん、と扉が開かれた。
そこにいたのは――なんて、わざわざ説明しなくてもわかるよな?
さらに驚くべきことに、その時は俺の周りに誰もいなくて――あいつらどこ行きやがった!? ひとりもいねえじゃねえか!
しかも俺の手には『月刊カンノウ』が!
「ハイス・シュッツヴァルト! 腕立て腹筋背筋それぞれ1000回! ついでに兵舎周り20周だ!」
「ひいいっ!」
「さっさとやれぇっ!」
(2014/09/22)