バカだな、お前だからだよ
ラガコ村はいい村だ。
だから――
「えええええー!? 訓練兵になるー!?」
こんなにいい村を出て行こうとする人間の気が知れない。
「嘘でしょコニー! 信じられないよちょっと!」
私は思わず幼なじみにしがみつく。
「何で!? どうして!?」
「決まってるだろ、村の連中を見返してやるんだ!」
「み、みんなコニーをからかってるだけじゃない。本気にしなくても――」
「『お前みたいなチビに兵士は無理だ』って言われたんだ、黙ってられるかよ」
確かにコニーは同世代の男の子と比べると背が低い。でも、運動神経も身体能力もかなり高い。特にその小柄な身体を活かした小回りな動きが得意だ。
だから、村のみんなの言葉なんて気にしなくて良いと思うんだけどなあ。
コニーの力説は続く。
「だから目指すのはただの兵士じゃない、俺がなるのは憲兵だ!」
私は目を丸くした。
「内地で暮らす特権階級に? ものすごく優秀な人しかなれないんだよね?」
「ああ、必ずなってやる! それでこそあいつらを見返せるってもんだろ?」
私はため息をつくしかなかった。
やると決めたら曲げないんだよね、コニーって。
だから、何を言っても仕方ない。
「コニーが兵士になって、さらに憲兵になるのなら」
「ん?」
「寂しくなるなあ……」
「どういう意味だよ」
「わからないの? 本当にバカだねコニー」
私はゆっくりと説明する。
「コニーがラガコ村からいなくなっちゃうのが嫌だってこと」
「だったら――」
「だから私は内地にいることにするよ」
「……は?」
ぽかんとするコニーを前に私は続ける。
「私、内地で有名なパン屋さんに奉公させてもらうことにする」
「何でパン屋?」
「コニーと同じだよ、私の作るパンをいつも『不味い』って言う村のみんなを見返すため! 最初は何も出来ないだろうけれど、頑張るよ私」
コニーは少し黙り込んでから、
「……なんだ、お前もラガコ村からいなくなるんじゃねえか」
「そうだよ。あーあ、こんないい村を出て行く人間の気が知れないよね」
それから今度は二人でしばらく黙り込む。
どこかの家から夕食の匂いがして、早く帰りたいような――もう少しコニーと一緒にいたいような。
「――いつか、さ」
「え? 何?」
私が聞き返せば、
「いつか、戻って来ようぜ。二人で、この村へ」
村を眺めながら私は訊ねることにする。
「それってさ、私が将来、内地で人気パン屋の看板娘になる予定だから言ってくれるの?」
するとコニーは笑った。それからはっきりと言った。
「バカだな、お前だからだよ。ラガコ村で泥だらけになりながらいつも笑ってるお前だからだ」
私たちの間を穏やかな風が吹く。
ああ、本当にラガコ村はいい村だ。