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シュテルディヒアインのつもり
-another side-

「まだ何軒か寄りますので少し休憩しましょうか」
「わかった」

 そんな会話と共に、小柄な男女が店に入って来た。私はメニュー表を手にテーブル席へ案内する。今は他にお客さんがいないので落ち着いてもらえそうだ。

「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなされますか?」
「紅茶」
「『季節のパンと紅茶のセット』を下さい」
「ありがとうございます、少々お待ち下さいませ」

 このエルミハ区へ『シーナ・ベーカリー』第二号店がオープンして日数もそれなりに経過し、少し慣れてきた。思い返せば初日はどうなることかと頭を抱えたものの、何とか今日まで店を維持している。
 でも、どうしてだろう。パンの評判は上々なのだが、本店の店長が目指した『カフェスタイル』はあまり定着していないのだ。持ち帰りでパンを注文されるお客さんが圧倒的に多い。

 そんなことを考えながらも私はてきぱきと準備をこなして、注文されたものを運んだ。

「お待たせしました」
「ありがとうございます」

 女の子のやわらかい笑顔に私も微笑みを返して、店の奥へ戻る。しかしその途中、地を這うような低い声がした。

「おい、お前」

 何事だろうかと振り返れば、射殺されそうな視線が私へ向けられていた。

「ひいっ!」

 思わず悲鳴を上げても男の人の眼光は緩まない。

「何だこの茶は。紅茶の色をしているだけじゃねえか。味も香りもクソもねえ、やり直せ」
「兵長っ」

 そばにいた女の子が慌てたように声を上げた。しかし男の人は意に介さない。

 私はおずおずと、

「ふ、普通に淹れましたけれど……」
「これは『淹れた』と言わねえ。これで金を取るとはどういう了見だ」
「う、そんな……!」

 これが噂のクレーマー!? どうしよう!

 私がお盆を抱きしめて、おろおろと途方に暮れていると、

「あの、大変おこがましいとは思いますが、私に紅茶を淹れさせて頂けませんでしょうか?」

 女の子の言葉に、私は目の前にいる恐ろしい男の人の視線から逃れたい一心で頷いた。普通は厨房にお客さんを入れないけれど、そんなことは言っていられない。私も自分の命は大切にしたい。

 厨房へ入れば、女の子が言った。

「すみません、あの人は紅茶がとても好きで……悪気はないのですが、少し口が過ぎてしまって本当にごめんなさい」
「いえ、そんな……」

 視線で殺されるかと思った本音は隠し、私は首を振る。
 手を洗いながらしきりに恐縮する女の子の隣へ並べば、彼女が驚くほど小さいことに気づく。

「では、まずカップを温めるところから始めますね」
「え!? カップってわざわざ温めるものなんですか?」

 私が驚けば、女の子――と思っていたけれど、違う。雰囲気や身長で誤解していたが、ふと見せたこの顔つきは女性ならではのものだと思った。

 その小さな女性はふわりとした笑みを見せて、

「では、おいしい紅茶の淹れ方を披露させて頂きましょう」




 やがて二つのカップに用意したお茶の一つを、私は女性から渡された。

「どうぞ」
「……どうも」

 淹れられたばかりの紅茶に口をつけて、私は目を見開いた。

「お、おいしい……!」

 舌の上で広がる風味や香りがこれまで自分で淹れていたものの比ではない。とても同じ茶葉を使用しているとは思えなかった。

 クレーマーだと思ったあの男の人は正当な意見を述べていたのだと理解して、自分が恥ずかしくなる。

 そして同時にわかった。パンの持ち帰りだけで注文されるお客さんが圧倒的に多い理由が。

「今の淹れ方で同じ味が出せますよ」
「……自信がありません」

 女性の言葉に私が正直に首を振れば、

「コツは『おいしく飲んでもらえますように』と想うことです」
「あ、パンを作る時にいつもそう想ってます!」
「でしたら、きっと大丈夫です。自然と淹れ方が丁寧になりますから。――厨房をお借りさせて頂きありがとうございました」

 嬉しそうな笑みを見せてから女性は一つのカップを手に、元いた席へ戻った。私は店の奥で様子をうかがう。

「兵長、お待たせしました」

 そして彼女は静かに男の人の前へカップを置いた。

 男の人はカップを手のひらで覆うように持って、口元へ運ぶ。そしてカップを戻すと一息ついた。
 何も言わなかったけれど、私には彼が満足していることがわかった。表情は一切変わらないのに雰囲気がまるで違うのだ。そりゃあこんなにおいしい紅茶が飲めたら大満足だろうと思いながら、私もまたカップを傾けた。うん、おいしい。

 やがて女性がのんびりとパンを食べ終えると、会計を済ませた二人は店を出て行った。

「ごちそうさまでした、おいしかったです」
「いえ、私の方こそ。紅茶、本当においしかったです」

 最後に女性とそんなやり取りをして、私は片付けを始める。

「あ」

 そういえば女性の方は私の淹れた『紅茶の色をしているだけ』のものを全部飲んでくれたのだと気づいて、かなり申し訳なくなった。

 そして遅ればせながら思い出したことがもう一つ。

「……ん?」

 そういえばさっきの女性は男の人を「兵長」って呼んでいたけれど、まさか人類最強のリヴァイ兵士長? あの有名な?

「……いやいや、英雄って普通はもっとむきむきで大きくて、紅茶よりもお肉が好きな人よね……?」

 まあ、これは私の勝手なイメージではあるけれど。

 美味しいお茶を淹れられるようになろうと思った一日だった。


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