自由倉庫 Freiheit ::奪還作戦前夜(麗しの薔薇は今日も殺伐) 「ハイス班長!」 夕食後、外へ出ると明るい赤毛の先輩が遠くに見えて声を張り上げれば、向こうも俺に気づいてくれた。 「フローック! どうしてここに――そっか、お前、調査兵団に転属したんだっけ」 「そうですよ。『兵士よ集え!』とかあんな煽り文句あったらついふらっと」 「まあ、頑張ろうと思うきっかけとか何でもいいと思うぜ。――明日の夕方に出立なんだろ? ウォール・マリアの奪還、頼むぞ」 「了解です! って、あれ? 何で先輩知ってるんですか? 決行日時は公表されてないはずですけど」 「当ったり前だろー? オレ今は精鋭部隊班長なんだからなー? それくらいの情報、ちょちょいと耳に入るって」 駐屯兵団入団時、ハイス班長は俺みたいな新兵たちを気負わせることなく接してくれた。話しやすいし、気前がいい。 だから時々忘れそうになるけど――普通にちゃんと強いんだよな、この人。あのトロスト区奪還作戦の最前線で戦ったのに、こうして生き残ってるし。だから今は精鋭部隊の班長の一人になってるし。巨人の単身討伐成功させたこともあるらしいし。 「ハイス班長はどうして駐屯兵団に留まるんですか? 班長の実力なら調査兵団での活躍間違いなしなのに」 力があるなら、それを発揮したい――そう思わないのか? 不思議に思って訊ねれば、ハイス班長は即答する。 「リコさんから離れるとか考えられないからな、オレ。あの人が調査兵団へ行くなら話は別だけど」 そうだった。この人はリコ班長しか眼中にない人だった。 「ええと、そういえばリコ班長は? 一緒じゃないんですか?」 「極秘任務でな」 詳しくは教えてもらえなかった。だから極秘なんだろうけど。 そこでハイス班長は徐に手を伸ばしたかと思うと、俺の髪をぐしゃぐしゃにした。 「うわっ、ちょ、やめてくださいよ! 何ですか急に!」 「んー、何だろうなあ。お前が壁の外で戦うんだと思ったら……俺は立派な後輩を持ったんだなあ、って思ってさ」 「な、そんな大袈裟な……」 照れていると、やっとハイス班長の手が離れる。 「――なあ、フロック。生きて帰って来いよ」 その声は、祈りに似ていたような気がした。 青空の下。 立ち並ぶ巨人。 向かってくる石礫を前に、思う。 『生きて帰って来いよ』 無理です、ハイス班長。 俺は、ここで死ぬことしか出来ない。 死んで戻ることさえ、叶わない。 死ぬだけだ。それだけなんだ。 後には何も、残らない。 ----- そういえばフロックは元々駐屯兵団にいたんだよね、と思い出したら何となく。 ハイスはトロスト区奪還作戦の功績とか生き残った兵士たちとの兼ね合いで中編後に班長へ昇進した感じです。だからリコ班長呼びからリコさん呼びになったりしている。(しかし関係性は変わってない) 『完全試合』はほんと、団長はもちろんマルロー!フローック!と泣いてしまう……恐怖と絶望の中で、それでも彼らは馬で駆けるんですよ……生まれてきただけで偉いのに、それでも進むんですよ……。 最新刊くらいのフロックを見るにつけ、彼に言いたいことは色々ありまくるのですが、この時の勇気と覚悟と絶望が凄まじい中を馬で駆けたことは忘れずにいたい。 back ×
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