自由倉庫
Freiheit


::おいしく食べるあなたが大好き(翼のサクリファイス原作沿い長編その後)

※夢主はデフォ名です。

「サシャ、重い」
「だってええええええええ……」
「危ないよ、今から包丁使うから」
「うううううううう……」

 後ろからぎゅうぎゅうしがみついていたサシャにやっと離れてもらって、私は作業を開始する。何でもない、普通の朝食作りだ。午後から私の調査兵団再入団試験だから、少し気合いが入っているくらい。

「そんなに私の調査兵団復帰を阻止したいんだね、サシャは」

 ざく切りした野菜を湯が煮える鍋に入れた後にフライパンも温め始めることにして、ボウルへ卵を割った。

 サシャは唇を尖らせて、

「だって、リーベさんはこっちが必死になって考えた作戦も何だかんだ突破すると思うので……それなら、もう、こうするしか――」
「はい、あーん」
「あーん!」

 サシャの口へスプーンを運んで、刻んだ野菜と少しの肉を味付けして混ぜ込んだものを食べさせる。パンへ挟んで具材にするつもりだった。

「どう?」
「おいひいでふ……! しかも、肉が!」
「ちょっとだけどね。はい、今度は林檎のジャム入りパン」
「あーん!」

 よく噛んでから飲み込んで、またサシャはまた口を開く。
 三回それを繰り返して、

「これ以上食べたら朝ごはん入らなくなっちゃうよ。紅茶淹れてあげるから、もう少し待ってて」
「リーベさんの淹れる紅茶は、優しい味がするから好きです」
「私はそんな風に言ってくれるサシャが好きだよ」

 温めたポットとカップで、丁寧に淹れた紅茶をサシャの前へ置いた。

「調査兵に戻っても今までみたいにご飯は作るから、ね?」

 薄く切ったパンへ具材を薄く伸ばしながらそう話せば、

「……リーベさん」
「ん? おかわり?」
「――私、本当に嬉しかったんですよ。リーベさんが、目を覚ました時」

 視線を向ければ、サシャの顔は伏せられていて見えなかった。

「医療班の人に『いつ目を覚ますかわからない』って言われてたから、だから……リーベさんが目を覚ましたことが、最初は信じられなくて」
「そうだね、食べてた林檎を落とすくらい、びっくりしてたね」
「……寂しかったんです、ずっと」

 ぽつりとサシャが言った。

 私はパンを置いて、うつむく顔を覗き込む。

「今は、寂しくないでしょ?」
「また、寂しくなるのが嫌なんです」

 だからまたあんな風になってしまうかもしれないと思うと嫌だとサシャは言った。

「リーベさんは、怖くないんですか? またあんな風になったら、今度は死ぬかもしれないんですよ?」

 私は少し考えて、口を開く。

「最近の怖かった話は、意識が戻らない私の身体に子供を産ませようと提案した議員が一定数いたって聞いたことかな。意識不明でも身体機能は回復したからには王家の血筋を残したかったんだろうけど、意識を取り戻した私としてはその話を聞いて血の気が引いたよね。知らない間に身体がそんなことになってたら、まともじゃいられなかったと思う」

 正直なところ、今でも震えてしまう。

 考えるだけで恐ろしい。

 彼らの思考は《ストヘス区の悪魔》と同じようなものだ。
 彼らにとって、私の身体と命と心は、私のものではない。
 自分の考えだけを正当化して、相手の自由と尊厳を奪い、虐げて甚振る、そんな人間がいなくなることは、きっとないんだろう。

「そういう人は、いるんだよね。この世界に、どんな環境であっても。その人なりに、現状を良くしようと考えて」
「その人は、自分にとって都合の良い立場とかお金を持ちたいだけですよ」
「何にせよ、それが私の怖いことだから――戦うことは、怖くない。戦えないことの方が、怖いよ」

 ぼんやりと自分の手のひらを見つめていると、

「じゃあ、今度また狩りに行きましょうよ!」
「……『じゃあ』の接続詞おかしくない?」
「そんな時は美味しいものを食べるに限るということです。これからの時期は鹿が美味しいですし」

 私は少し考えて、

「うーん……サシャが言ってる狩場、銃の使用が禁止されているからなあ」
「弓があるじゃないですか」
「私、サシャほど正確に射てない」
「弓は銃と性質が似ているところもありますから、リーベさんならそのうち百発百一中になれます! 銃に出来なくても弓なら出来ることもあるんですよ! 私が教えますので行きましょう」
「――うん。じゃあ、今度行こうか」

 そこで、朝の鍛錬を終えた兵長が帰って来た。

「おかえりなさい。もうご飯出来てますよ」

 私の言葉に、サシャが立ち上がる。

「あ、じゃあ食べる時間ですね! コニーたち呼んで来まーす!」

 サシャがばたばたと部屋を出て行った。気が早ったのか、扉がちゃんと閉まっていない。

 閉めに行こうとすれば、ずしりと背中に重みがかかる。
 兵長だった。重い。
 サシャに同じことをされた時よりずっと重くて、思わず足に力が入った。

「どうされました?」

 顔を向けて訊ねても、じとっと目線を向けられるだけだった。

 私は少し考えて、

「はい、あーん」

 新しいスプーンでスープをすくって差し出せば、口が開けられた。これで正解だったらしい。

「美味しいですか?」
「ん」

 味わう様子を眺めていると、

「さっきの話、誰に聞いた?」
「……どの話ですか?」
「意識のないお前を孕ませようとした輩のことだ」

 鍛錬後に戻って来てから割と長い時間、部屋の前にいたらしい。

 そして、どうやら私の耳に入れたくなかった話らしい。

「別に、誰でもいいでしょう」
「言え」
「……ゲデヒトニス様です」

 別に、あの人は私に嫌がらせでそんなことを教えたわけじゃない。
 私はちゃんと、わかってる。

「大丈夫ですよ、誰にも乱暴を働かれることなく私は目を覚ましたんですから」
「……お前、震えてるじゃねえか」
「……まあ、考えただけで気持ち悪い話ですし」

 想像するだけで、悪寒が止まらない。
 拳を握ることでそれを抑えようとしていれば、

「――ウォール・マリア奪還作戦中は、ナイルや駐屯兵の女がお前を護衛していた。俺がお前の側を離れても問題ないように、エルヴィンがピクシスの爺さんへ交渉したんだ。その方が、俺の力が最大限に発揮されると踏んだんだろ」
「……エルヴィン団長が……」
「そうでなくてもナイルは断固反対の姿勢だったし、ピクシスの爺さんが命じるより早く駐屯兵団の精鋭部隊の連中が動いてたがな」
「……私は、色んな人に守られていたんですね」

 やっと――震えが、止まったような気がした。

 長く息を吐いていると、私を抱きしめる腕へさらに力が込められる。

「どうされたんですか?」
「……俺の守りたいものは、ここにあると思ったんだ」
「ここ?」
「俺の、腕の中」

 そう言って、私の首筋へ顔を埋めた。

 色々な人が蔑ろにするものを、大切にしてくれる人がいる。

 私はそのことを忘れたくないのに、その記憶が薄れてしまう時がある。

 その度に何度も、何度も、この人は私に教えてくれる。

 後ろから抱きしめられる力が緩んで、振り返れば、

「リーベ」

 首の後ろを引き寄せられて、唇が重ねられる。

 目を閉じれば、舌が深く絡み付いて来た。

 激しくはない、ゆったりとした動きと感覚。
 それが心地良くて、ずっとこうしていたくなる。

 顔の角度を変えて、また舌を迎え入れていると、

「兵長ってリーベさんを美味しそうに食べますよねー。もしかして、本当に美味しいのでしょうか」
「リーベさんは人間だろ? 美味いのか? 人間を食べるのは巨人で――あ、つまり兵長は巨人だったのか?」
「お前らは何でそんな平然と馬鹿を言えるんだ! 邪魔しちゃ悪いだろ、帰るぞ!」

 慌てて兵長から離れれば、サシャ、コニー、顔を赤くしたジャンが開いた扉の向こうにいた。

「ちょ、ちょっと……! ノック、して……!」

 一気に顔が熱くなることを自覚しながら思わず咎めると、コニーがきょとんとした顔をしていた。

「いや、でも、扉が開いてたんで」
「サシャ! ちゃんと閉めて行かなきゃ駄目でしょ!」
「ごめんなさーい!」

 悪びれる様子もなく、サシャはそそくさと席につく。

「では、いっただっきまーす!」

 豪快にパンへかぶり付く様子に、その食べっぷりが見ていてとても心地良くて、口にしようとしていた小言がどうでもよくなってしまった。

「あれ? そういえばエレンたちは?」
「用事があるとかで朝から出てます」
「……そっか、残念」

 最近ゆっくり顔を合わせる時間がないからせめて食事でも、と思ったんだけど。

「今朝のメニューはサンドイッチ。具材は十二種類あるから、好きなものを塗ったり挟んでね。スープとサラダはおかわり自由。オムレツ希望の人はジャンが作ってくれるって」
「俺ですか!?」
「ジャーン、私三つ食べますから!」

 賑やかになった部屋でコニーと一緒に全員分の食器の用意を終えてから、ゴミをまとめて袋へ片付けている兵長を見る。

 さっきキスした時、この人は三人が見ていることに気づいていたはずなのに。
 気付かなかった私が悪いけど、でも、そんな時に周りに注意を払う余裕が持てない。

 私の眼差しに兵長が肩をすくめた。

「別に隠す必要ねえだろ。――それよりお前、サシャに食われるんじゃねえぞ」
「どんな心配してるんですか……」

 思わずため息をつけば、ジャンが卵を焼き始める音がした。

「おいサシャ! 一人で全部食うんじゃねえぞ! ったく、先に食いやがって」
「サシャは片付けや洗い物手伝ってくれるから、大目に見てあげて」

 私の言葉にジャンは渋々というように口を閉じる。

 やがて全員分のオムレツが焼き上がった頃、サシャは八つ目のサンドイッチを食べ終えていた。早い。

「今日もリーベさんのご飯は美味しいいいいい!」
「ありがとう。でも、ゆっくり食べてね」

 サシャの口周りを布巾で拭って、私も食事を始めることにした。

「いただきます」

【上】(2018/08/09)
【下】(2018/08/15)
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諸事情で全撤去した原作沿い長編その後のうちの一話です。
個人的に大事にしたいお話なので、これだけここで供養。

いえ、あの、供養ってそういう意味じゃなくて……ああああああああああ(滂沱)

26巻ほんとつらい……裏表紙もあのシステムが再始動してるし……前巻で命を落とした二人が今巻で姿を消したということは、次巻は……。
アルミンとハンジさんと兵長も裏表紙参戦で怖い……アルミンは大丈夫そうだけど、ハンジさん危ない。だってもうあの人いないんだよ…!今度は隻眼じゃ済まないよ…!
兵長も危険。最後の最後で壮絶に斃れそうなので、裏表紙には居続けてくれるような気もするけれど、その一方でエレンしか最後まで残らない気もする……ミカサに12巻レベルのヒロイン力で頑張って欲しい……。

本当につらい……なぜここまで苦しんで私は読んでいるのか……でも、最後まで見届けます……うう……。
 

2018.10.16 (Tue) 21:15
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