きっとこのまま大人になって






予言しよう。
真面目に書類を眺めていたはずの人が、突然そんなことを言い放った。携帯を構って暇をしていた俺は、何か面白い話だろうかと顔を上げる。他に人のいない放課後の生徒会室。窓際のデスク。眼鏡を外し眉間を揉んでいるその人の表情は、特別愉快そうでもない。
なんだなんだ。予言だって? まさか今更になって、自分は実は占い師だったんだとか、そんな告白はいらないんだけれど。
機関の協力者であるらしいその人、この学校の生徒会長は、眠たそうに目を細めている。

「予言だぞ。当たったらどうする?」
「はあ。そんなこと言われても。そんな能力あったんですかあんた」
「この予言の結果によってはそんな設定が付属するかもな」

なんだそれは。
相変わらず眠たげに、なんてことなさそうに会長は嘯く。

「あの女の前で言ってみろよ。生徒会長は未来が予言できるらしいとかなんとか。そうしたらその数分後には俺も能力者の一員になるかもしれないぜ」
「そんな恐ろしいこと誰がするか。けどまあ、そうですね。もしその予言とやらが当たったらジュースの一本なら奢りますよ」
「おっ、乗ったな?」

にやりと薄っぺらな唇が弧を描く。こういう表情が結構好きだ。生徒会長ぶった真面目な顔もきりりとしていて見惚れなくもないけれど、自然なままの表情はまた違った魅力がある。なんて、惚れた欲目だろうか? 俺がそんなふうに心の内で賛辞を送っていることをこの人はたぶん知らない。それでも言葉にはしない俺の好意を素知らぬ顔で受け取って返そうとするんだから、まったく敵わないと思う。
生徒会長その人のことが、好きだ。だから部活のない日にはこうして会いにくるし、退屈を持てあますと知っていても文句を言うことはしない。帰るかと頭に手を置かれるのをただ忠実に待つだけ。
今だって、笑みを履いた会長が言葉を発するのを待っている。いつまでもいつまでだって待てるだろう。そのことを知っているからこの人は、俺を待たせまいと口を開くんだ。

「予言。もう何か月もしたら俺は進学して一人暮らしする。一年ちょっとしたらお前も俺と同じ大学に進学すんだろ。したら、同じアパートに住むんだよ。就職して、何年も何十年もたって、俺はお前に看取られて死ぬ」

会長は得意げにふふんと笑う。書類を手放して、あくびをしたりなんかして。俺は時間が止まったかのような心地で、目を見開いたままその様子を見ている。

「……本気で、言ってるんですか」
「決まってんだろ。あ、ココアで頼む」

いつもと変わりない傲岸不遜で軽い態度。心からの言葉であるのかそうでないのか、俺には見極めることができない。
この人が想像もしていないなんてこと、ありえない。何か月後何年後何十年後の未来は薄暗い。
懸念事項なんて腐るほどある。神なんて言われているハルヒが俺たちの関係を許すのか、もし許さないならばそのとき俺たちはどうなるのか。男同士だなんて親に明かすことも躊躇われる、家族との関係が切れたとしても互いをとるだけの覚悟はあるといえるのか?
この恋が永遠だなんてどこかの歌詞のようなことだって言えやしない。今気楽に学生をしている俺たちは少しずつだけれど確実に大人になって、きっとこれまで以上にたくさんの人と出会うんだろう。互いから離れた心が他の誰かに帰着することなんて、男女の関係でもありふれた出来事だ。
自信がない。誰かに否定されてまで会長のそばにいることを望めるだろうか。他のすべての人間よりも彼に好かれていられるだろうか?
今は隣で笑ってくれる人がいつかいなくなることを、俺は予感せずにいられない。
そんなこと分かっててこの人は、冗談じみた言い方で未来の約束をするんだ。

「俺の予言は当たるぞ。お前が信じても、信じなくてもな」

机の上を片付けて、大きく固い掌が俺の頭に載せられる。一瞬のその重みに視線が下がる。いつの間にか携帯を手放していた手は、膝の上で固く固く握られている。

「帰るぞ」

低く柔らかな声音。予言にかんしては特別説明もなし、俺を安心させるでも焦らせるでもなくただ淡々と帰宅を促す。鞄をひっつかんで立ち上がる様子を、彼は見極めえない笑顔で見てるんだろう。駆け寄りながら、心は晴れない。
会長の言葉を素直に飲み込みたい気持ちとそんなことできるはずがないと思う気持ち。ぐらぐらと煮え立つ複雑な心地は、この先も延々と続くのだろう。
それでも俺は疑ったまま待ち続けるのだ。彼の予言が現実のものとなるその日を。
実現する可能性の限りなく高い未来には蓋をして。きっと、きっと。そうならないでくれと願い続けて。



きっとこのまま大人になって。違った世界に息衝いて。お互いのことを次第に忘れて。さようならも無しに溶けて。





(http://rosy.2.tool.ms/17/)

END.

2015/07/02

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