どこ行く何するふたりきり






ああ、確かにおかしかった。
街中ではなく俺の家の前に待ち合わせとされた時点で嫌な予感はしていたんだ。迎えに来てくれるのかと喜ぶには彼は優しい性格をしていないし、いやいや、けれど、もしかしたら。
淡い期待は、恋人、生徒会長である男の第一声で砕け散った。

「さっさと行くぞ、借りられちまう」
「……は」

私服もかっこいい会長に感心する暇もなく腕を引かれた。手を繋ぐなんて甘ったるいものではなく、引き摺るような荒っぽさ。向かう先には映画館なんてないはずなのだけれど、さっさとどこへ行くというのだろう。
慌てて歩調を合わせつつ、高い位置にある男前な顔を仰いだ。

「ど、どこ行くんすかっ」
「あ? だから映画を観るんだろうが」
「映画館は逆方向でしょう」
「誰が映画館なんて行くかっつの、疲れるだけじゃねえか。観たいもんもやってねえし」
「はあ?」

ようやくこちらを見た会長は、意地悪げににやりと笑う。

「レンタルショップのカードは持ってるか?」



映画を観ようと誘われたならば、普通は映画館に行くことを考えるだろう。それも付き合いだしてからそれなりに時間は経っているが一度もデートなるものをしたことがない相手から誘われたなら、なおさら期待しても仕方ない。と、俺は思う。
恋人らしいことなんて初めてで、女々しいと笑われるかもしれないが、正直息が止まるほど嬉しかった。本当にとてつもなく嬉しかったのだ。が。
話を受けたときに、照れ臭いが嬉しくて口元が緩むのを必死に隠したのも過去の話だ。今はただ、ひきつる唇が罵声を吐き出さないよう我慢するので必死である。

「映画化したっつうから興味本意で原作を読んでみたら、これがなかなか面白えんだよ。で、こりゃ映画もいいんだろうと思ったときには公開が終わっちまってて、その映画のDVDがやっと発売されたらしいんだな」
「……それをレンタルショップで借りて観よう、と」
「おう。付き合え」

あまりに傲岸不遜な態度に文句も出ない。クールな生徒会長バージョンの顔でしれっとしているが、これば確実に楽しんでいる声だ。この人、今更だが性格が悪い。そう思っているのにさっさと帰らずに着いてきているんだから、我ながら呆れてしまう。
意地が悪いこの人には普段から呆れさせられることが多いが、結局のところ好いてしまっているのだ。生徒会やら機関やらの諸々で忙しい彼と、じっくり顔を合わせるチャンスはあまりない。せっかく久々に長く一緒にいられるのだし、別にデートでなくても室内でDVD鑑賞くらい妥協しようじゃないか。
溜め息を吐く俺が開き直ったことに気が付いたのか、会長は満足そうに鼻を鳴らした。このやろう、腹立つ。

「それ、どんな話なんすか」
「連続殺人の生存者が主人公なサスペンスホラー」
「……あんまりアレなのは勘弁してくださいよ」
「あ? なんだなんだ、怖ぇのか?」
「うっさいです」

ぐだぐだと軽口を叩きながら歩けばあっという間にレンタルショップに辿り着く。俺の家から店まではすぐ近くなのだ。だからこそ集合場所が俺の家の前だったんだろうが。
会長が観たがっている映画はそれなりに話題の作品らしく、一本しか残っていなかった。なんともおどろおどろしいパッケージに眉を寄せると嫌な感じの視線を感じる。きっとニヤニヤとイケメンを無駄遣いした表情をしているんだろう。まあそれでも俺からしたらかっこいいんだけれど。
上機嫌に鼻歌を奏でる会長にまたも深く溜め息を吐き出して、パッケージから中身を取り出す。天気のいい休日にDVDを借りて引きこもろうという不健康な輩はあまりいないらしく、店はかなり空いている。さっさと会計を済ませ(当然支払いは会長持ちだ)、ドアを抜け出した。
まったく、本当にいい天気だ。悲しくなる。

「返すのは自分でしてくださいよ」
「わかったわかった。と、おい。どこ行くんだ?」
「会長の家に行くんじゃないんですか? こっちでしょ」
「そうだが、まあ着いてこい」

会長の家はここからだと俺の家を挟んで反対方向にあったはずだ。だからこそレンタルショップへの通り道である俺の家を集合場所にしたんだろう。
しかし会長が楽しそうに足を踏み出したのは彼の家への道とは違う道である。

「ちょ、ちょっと! あんたこそどこ行くんですか!」
「そのまま帰っても仕方ねえだろうが。買い物行くぞ」
「はあ、買い物? 何を?」

疑問符を浮かべる俺に会長は何でもなさそうに答える。

「夕飯の材料の買い物。何でもいいからお前が作れよ、俺はできねえから。で、今日はうちに泊まりな」

思わず固まってしまった俺の手には、いつの間にか会長の指が絡まっていて、くいくいと歩くよう促されている。強すぎない力で握られていることが恥ずかしくて、赤らんでいるだろう顔を俯いて隠した。
くすりと会長が笑った気配がした。その余裕が憎らしい。

「俺、何も聞いてないんですが」
「まあ言ってねえしな。歯ブラシなんかは適当に買うぞ。服は貸してやる」
「夕飯作るの、ちょっとは手伝ってくださいよ」
「皿並べるくらいならやってやらなくもねえよ」
「……今日、デートだと思ってました」
「デートだろうが、お家でお泊まりデート。これ以上恋人らしいこともねえだろ。……おい、もしかしなくても照れてんのか、お前」
「……」
「おー、かわいいかわいい」

くしゃくしゃと頭を撫でられ、つい顔を上げれば、心底穏やかな表情で微笑む会長がこちらを見ている。どこか含みのあるニヤリというような笑い方ではなく、何かを深くいとおしむような。
ぎゅうと、手を握り返した。デートなんだから少しくらい甘えたっていいだろう。家に帰ってからも存分に甘やかしてもらうつもりでいるけれど。会長は珍しくも頬を薄く赤らめて、やはり常にないほど優しく笑っていた。

「初デートが泊まり、ですか」
「嫌か?」
「まさか」

顔を見合わせると同時に吹き出して、促されるまま歩き出す。足取りは軽く、どこまでも歩いて行けそうだと思った。





END.

2013/11/30

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